Yuki ABE

阿部勇樹

阿部勇樹のフォト
 フルネーム阿部勇樹
 国籍日本
 生年月日1981年9月6日
 出身地千葉県市川市
 ポジションMF
 身長・体重178cm・75kg
 個人タイトルなし
 ワールド杯なし
所属クラブ
1998-06ジェフ市原
2007-浦和レッズ

高い守備力と展開力から本来ボランチのポジションにてその能力が発揮されるが、統率力にも優れリベロとしてもプレー出来るオールラウンダーであもる。右足から繰り出される正確なフィードは高いレベルにあり攻撃の起点となれば大きく曲がる独自のプレースキックは共に世界クラスにある。また、DF能力も高く元韓国代表黄善洪が阿部にマークされ完璧に抑え込まれた試合後、その年齢を聞いて驚いたと言う程。

市立富美浜小学校時代は市川FCにてプレー、市立福栄中入学と同時に市原ジュニアユースへ入団。その後1998年8月5日ガンバ大阪戦にてJリーグデビュー、弱冠16才と333日でのデビューはJリーグ最年少記録となった。翌年よりレギュラーとして活躍するようになり阿部自身の成長と共にクラブの躍進に大きく貢献、主将としてもチームを牽引し2005年からのナビスコ杯連覇を達成させた。ジェフ市原において通算214試合36得点の記録を残し、国内最高額となる移籍金(推定3億5千万円前後)で強豪浦和レッズへ移籍、2007年アジアチャンピオンズリーグ優勝の原動力となった。

1997年、市原ジュニアユース時代に初めて日本ユース代表候補に選出、その後ユース代表に欠かせぬ存在となるが2000年9月に発症した右スネ疲労骨折の手術のため2001年ワールドユース大会を棒に振る不運を経験。復帰後は再びユース代表として活躍し2002年5月にフランスで開催されたツーロン国際大会にて3位に貢献、更に同年9月に開催されたアジア大会では準優勝に貢献した。2003年4月1日豊田スタジアムにて行われたユース代表コスタリカとの親善試合、ワールドクラスのフリーキックで得点を決めたシーンは非常に強いインパクトを残した。ジーコ体制となった後2005年1月29日カザフスタン戦にてフル代表デビュー、その後コンスタントに出場を重ねる。残念ながら選手層の厚い中盤の中で2006年W杯メンバーに入る事は出来なかったが、ジェフ時代の恩師オシム監督就任後に代表に定着、その右足が今後日本代表に不可欠になるのは間違いない所だろう。

(03/04/19 Created)(07/12/14 Last updated)
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