ADRIANO
アドリアーノ | ||||||||||||||||||
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スピード、シュート力とも素晴らしいポテンシャルを秘めており左足から放つフリーキックのスピードは、あのロベルト・カルロスをも上回る程の威力を持つ。ブラジル代表ストライカー。 リオデジャネイロのヴィラクルゼイロというスラム街で育ち7才でフラメンゴの育成機関に通い始める。13才で上の年代のチームに引き上げられ、サイドバックとしてプレーするが15才の時チームの監督に就任したカルロス・アルベルトによって才能を見出されストライカーへコンバートされる。2000年、トップ昇格を果たしデビューを果たすとこのシーズン17試合に出場、ほとんどの試合が途中出場であったが6得点を挙げる活躍を見せた。 2001年、バンペッタの交換要員としてインテルへ加入、01/02シーズン開幕前に行われたレアル・マドリードとの親善試合で得点を挙げ強烈なインパクトを残すと、シーズン開幕後第2節、パルマ戦にてセリエAデビュー、続くベネチア戦では決勝弾となるセリエA初得点も記録した。その後、主力の復帰に伴い、経験を積ませるためにフィオレンティーナへレンタル移籍、素晴らしい勝負強さを見せ得点を重ね、その実力が本物である事を証明したが、チームはB降格となったのは非常に残念な所である・・。02/03シーズンよりパルマへ移籍するとムトゥと共に絶大な存在感を示し通算15得点を挙げ昨季低迷したパルマを復活、翌シーズンにも開幕から5試合連続して得点を挙げ、その驚異的な決定力はセリエAでも屈指の実力である事を証明する。途中怪我で数ヶ月離脱するも復帰戦にて得点を記録、この2シーズン半での実績が買われ03/04シーズン途中インテル復帰を果たした。 迎えた04/05シーズン序盤戦、驚異的な勢いでゴールを量産し得点王争いではダントツの首位をキープするも、その後の怪我で調子を落としチームも低迷、通算16得点はその能力からすれば物足りないものであった。しかし、このシーズンのコパ・イタリアでは決勝第1戦目にて2得点をたたき出すなどの活躍を見せクラブにとって16年振りとなるタイトルに大きく貢献、翌シーズンには連覇も達成した。しかし、翌05/06シーズンよりキャリア上経験した事のない大きなスランプに陥ると同時にチームメイトやプライベートでもトラブルを起こし、シーズン連覇を達成するチームにおいて大きく貢献したとは言いがたい・・・2007年12月、期限付きレンタルで母国ブラジル強豪サンパウロへ移籍したが、ここで何とか復調して欲しいものだ。 代表では15才でU-17ブラジル代表に召集されるなど、各年代代表をエースとして活躍、2001年11月15日に行われたW杯南米予選コロンビア戦にてフル代表デビューも果たした。本大会でのメンバー選出はならなかったが、2003年コンフェデ杯ではエースとして活躍、翌年7月開催の南米選手権では通算7得点を挙げ得点王を獲得し優勝の原動力となった。その後はロナウド、ロナウジーニョ、カカと共に驚異の攻撃布陣を確立させ2006年W杯の主役候補の1人であったが通算2得点と期待に応える結果を出せず、ベスト8で姿を消したのは残念であった。 (02/04/15 Created)(08/01/09 Last updated)Presented by SHOW football Island | ||||||||||||||||||