AILTON
アイウトン | ||||||||||||||||||||||
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その体格からは想像出来ない突破力と左足の強烈なシュートによってゴールを量産する点取り屋。ブラジル人特有のテクニックも兼ね備え欧州を代表するストライカーの1人に数えらえる。 ブラジル北東部の村に生まれ地元の小クラブでプレー、当時から高い評価を得ていたが村を離れるのが辛いという理由からサンパウロFCのオファーを断る。しかし、母親の勧めから村を出る事を決意、サンタクルス、グアラニ等でプレーした後メキシコへ渡り、1998年よりブンデスリ−ガでプレーする事となる。98/99シーズン第8節SCフライブルグ戦にてリーグデビューを飾りこのデビュー戦でゴールも記録、アイウトンの未来は明るいものと思えたが当時クラブを指揮した名将マガトは規律を重んじ、絶対に妥協を許さない事で知られる監督、アイウトンは練習嫌いである事に加え、その体格についても「太り過ぎ」を理由にベンチ入りを見送られるなど不運を経験、ドイツカップ優勝のタイトルを刻む事は出来たもののこのシーズンリーグ12試合出場2得点と不本意な成績に終わった。 しかし、1999年より監督に就任したトーマス・シャーフ氏の元で才能を一気に開花、99/00シーズンより現在まで毎シーズン2桁得点を挙げる活躍でチームを牽引し03/04シーズンに至っては自身最高の28ゴールを記録、得点王を獲得すると同時にリーグ優勝を果たし、これを置き土産に04/05シーズンよりシャルケ04へ加入する事となった。この新天地では昨年ほどのインパクトを残す事は出来なかったがそれでも通算14得点を挙げリーグ2位の好成績に貢献、翌シーズンにトルコリーグへ移った後、シーズン途中ハンブルガーSVにてブンデスリーガ復帰を果たすがここでは思うような活躍が出来ず、06/07シーズンにはレッドスター、グラスホッパーとチームを渡り歩いている。 これだけコンスタントな活躍がありながら、母国ブラジル代表としてプレーした事はなく活躍するドイツにて国籍を取得し帰化する事も視野に入れたが、当時のドイツ代表指揮官フェラー監督からもラブコールを受ける事はなかった。その結果、2004年3月、世界中に伝わったニュースは大きな波紋を呼ぶ事となる。元日本代表監督であり現在カタール代表を指揮するトルシエの熱烈なラブコールを受けるというものであり、そこに億単位の金銭がからんだ事で周囲から猛烈な批判を浴びる事となった。結果的にこの話はFIFAの強い反発もあり流れてしまったがどんな国の代表になってでもW杯への夢を断ち切れなかったのが真意だろう。 (04/03/10 Created)(07/12/14 Last updated)Presented by SHOW football Island | ||||||||||||||||||||||