Pablo AIMAR
パブロ・アイマール | ||||||||||||||||||
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1999年の代表デビュー当時から脚光を集め、当時不動の地位を築いていたベロンとレギュラー争いをするほどの天才的才能の持ち主。幼き顔立からは想像すらつかない柔軟で華麗な足元、繊細なパス、一瞬のスピード、そして創造性、そのテクニックは期待通りにワールドクラスと言われるまでの成長を果たした。 元サッカー選手を父親に持ち、幼少時代からサッカーを始め、少年時代は地元の少年クラブ、エストゥディアンテスでプレー、ここでのプレーが噂となり名門リーベルへと引き抜かれ1996年8月11日コロン戦においてリーグデビューを果たす。その後チームのエースであったフランチェスコリの引退、更にオルテガの欧州行きをきっかけに、当時監督を勤めたラモン・ディアスによってエースに指名されると数多くのタイトルに大きく貢献し脚光を浴びた。2001年冬、約23億円という移籍金でバレンシアへ電撃移籍し、同年2月17日ラス・パルマス戦にてスペインリーグデビュー、その約3ヶ月後には選手ならば誰もが憧れるCL決勝の舞台に立った。結局、その試合には敗れてしまうが、翌01/02シーズンには攻撃の要として素晴らしい存在感を示しこのシーズンのリーグ優勝に大きく貢献、更に03/04シーズンにはリーグ、UEFAカップの2冠に多大なる貢献を見せるなど近年のチーム躍進の原動力となった。06/07シーズンより同郷のダレッサンドロと共にレアル・サラゴサへ加入する事が決定している。 1995年南米ユース選手権、同年Uー17世界選手権で活躍し1997年ワールドユースではリケルメ、サムエル、プラセンテ等と共に最強の布陣を形成し、見事優勝に輝いている。フル代表デビューは1999年6月9日メキシコ戦。2002年W杯ではメンバーに選出されチームはグループリーグ敗退と不本意な成績に終わる中、アイマール自身は質の高いプレーを見せ途中出場を含む3試合すべてに出場した。2006年W杯南米予選では怪我の影響もあり8試合の出場に終わったが、本大会メンバーには選出、ここではリケルメのサブに甘んじ納得のいくプレーを見せるだけの出場機会は与えられていない。 余談だが、セカンドネームのセサルは1978年W杯においてアルゼンチン代表を優勝に導いた名将セサル・ルイス・メノッティからとったものらしい。 (01/05/25 Created)(06/07/30 Last updated)Presented by SHOW football Island | ||||||||||||||||||