Yutaka AKITA
秋田豊 | ||||||||||||||||||
| ||||||||||||||||||
| ||||||||||||||||||
|
フィジカルに優れ1対1に絶対の強さを見せた元日本代表DF。常に安定した力を発揮し、ヘディングの強さは守備時はもとよりセットプレー時にも大きな武器と化す。また勝利への執念は人並み以上に持ち、同じく熱い闘志を持つ男ジュビロ磐田ストライカー、ゴン中山の永遠のライバルとして名勝負を演じてきた。 愛知高校卒業後、愛知学院大へ進学、すでにこの頃から鹿島アントラーズスカウトに注目される存在であり、1993年よりプロ契約を結ぶ。加入当初はサイドバックとして活躍、その後得意のセンターバックにポジションを移すとチームに在籍したジーコ、ジョルジーニョ、レオナルド等から多くのものを学び日本最高のストッパーへと成長を遂げた。鹿島アントラーズの初代王者に多大なる貢献をした後その後10年以上もの間、第一線で活躍し数多くのタイトルに貢献、2000年にはリーグ年間王者、ナビスコカップ、天王杯の3冠に大きな役割を果たしベスト11にも4度選出されている。しかし、2003年シーズン、鹿島は無冠に終わり、更にクラブの財政難もあって2004年より名古屋グランパスエイトへ移籍、ここでは年齢的なものもあり思うような出場機会に恵まれず2007年よりJ2京都サンガへ移籍したが、ここでチームのJ1復帰に貢献して見せた。シーズン終了後現役を引退、J1通算391試合23得点、J2通算14試合、天皇杯等を含め現役通算513試合公式戦出場の記録を残している。 代表デビューは1995年10月25日サウジアラビア戦。その後の1998年ワールド杯アジア予選にて不動の地位を確立し日本初出場となったフランスワールド杯に守備の要として全3試合に出場、バティやスーケルといったスターと対峙しても引けをとらないプレーを見せた。代表監督がトルシエとなった後はしばらく代表から遠ざかったが、その経験が買われて2002年W杯メンバーにも選出されている。 トルシエ監督勇退後に代表監督となったジーコの元では再びレギュラーとして代表完全復帰を果たしたが、その後若手の台頭もあって代表を離れる事となった。代表通算45試合4得点。 (03/03/20 Created)(07/12/23 Last updated)Presented by SHOW football Island | ||||||||||||||||||