ALEX

アレックス

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 フルネームアレサンドロ・デ・ソウザ
 国籍ブラジル
 生年月日1977年9月14日
 出身地コリチーバ(パラナー州)
 ポジションMF・FW
 身長・体重174cm・73kg
 個人タイトルなし
 ワールド杯なし
所属クラブ
1996コリチーバ
1996-00パルメイラス
2000-01フラメンゴ
2001-04クルゼイロ
2004-フェネルバフチェ(トルコ)

繊細なボールタッチから繰り出される正確なラストパス、芸術的なFK、そして天才的とも言える戦術眼と創造力を持ち合わせるブラジル代表、レフティ。

少年時代はフットサルチームに所属していたが14才で地元コリチーバのジュニアチームへ加入、17才でトップデビューを果たす。ここでの活躍が認められ翌年に名門パルメイラスへ移籍、ラコルーニャ(スペイン)へ放出したジャウミーニャの後釜と言う事もあり若き少年の獲得に不安の声も上がるが、試合を重ねる事にその才能を開花、1998年にブラジルカップ、コパ・メルコスルに優勝すると1999年にはリベルタ・ドーレス杯優勝にも大きく貢献する。2000年に祈願でもあるセリエAパルマへ加入するが、マレザーニ監督に構想外との屈辱的評価からイタリアのピッチを踏む事なくフラメンゴへレンタル移籍する事となる。その後パルマの契約不履行により2001年よりクルゼイロへ加入、加入当初は本来のポジションからFWでのプレーを強要されたためゲームメーカーとしての能力を発揮出来ず、退団も視野に入れたがその後チームを率いる事となったルシェンブルゴによってその才能は再生、2003年ブラジル全国選手権では素晴らしいパフォーマンスでチームを牽引しクラブに初優勝の栄冠をもたらすと同時に、自身もプラカール誌が選定する大会最優秀選手に選ばれている。2004年より再び欧州へ渡ると、ここでも中心的存在として活躍、加入初年度から24得点15アシストの活躍でフェネルバフチェのリーグ連覇に多大なる貢献を見せた。

1998年9月23日のユーゴスラビア戦にてフル代表デビュー、1999年のコパ・アメリカの優勝に大きく貢献する。2000年シドニーオリンピック南米予選では無敗で予選を突破し国民の「金メダル」への大きな期待を背負う事となるが準決勝のカメルーン戦にてチームは敗退、キャプテンでもあったアレックスは異常なまでの批難を浴び挫折を経験、一時期その名前すら忘れ去られる事となる。2002年ワールド杯南米予選では序盤戦こそメンバーに定着したがその後監督に就任したフェリペの元では重要視されず本大会メンバーかもも漏れる事となった。その後国内リーグで見せるパフォーマンスから代表復帰を果たし2003年コンフェデ杯でもメンバーに選出されると翌年南米選手権では10番を背負い優勝に貢献したが余りにも豊富なタレントが揃う中盤にあって、またもやW杯メンバーに名を列ねる事は叶わなかった。

(01/08/29 Created)(06/06/05 Last updated)
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