ALPAY Ozalan

アルパイ・オザラン

アルパイ・オザランのフォト
 フルネームフェーミ・アルパイ・オザラン
 国籍トルコ
 生年月日1973年5月29日
 出身地イズミル
 ポジションDF
 身長・体重189cm・84kg
 個人タイトルなし
 ワールド杯2002年3位
所属クラブ
1991-92ソマ・リンイット・シュポル
1991-94アルタイ
1994-99ベシクルタシュ
1999-00フェネルバフチェ
2000-03アストン・ヴィラ(イングランド)
2004仁川(韓国)
2004-05浦和レッズ(日本)
2005-1FCケルン(ドイツ)

強靱な身体と剥き出しの闘争本能でハードな守備力を誇った元トルコ代表DF。攻撃時にも威力を発揮する空中戦は驚異であり、DFながらハットトリックを達成した経験を持つ。

ソマ・リンイット・シュポルにてキャリアをスタートさせた後地元アルタイに加入、その能力を大きく開花させる。1994年に母国強豪ベジクタシュへ引き抜かれると、このシーズンのリーグ制覇に貢献、97/98シーズンには国内カップも制している。その後クラブとの契約が折り合わずライバルチームであるフェネルバフチェに加入した後、当時アストン・ヴィラ指揮官グレゴリー監督のラブコールを受け560万ポンドにてプレミアリーグに活躍の場を移した。2000年8月19日レスターシティ戦にてプレミアデビューを飾りその後も守備の要として自身の評価を高めたが翌シーズン2002年1月の大怪我から約5ヶ月もの間戦線離脱、復帰後には01/02シーズンより指揮をとるグラハム・テイラー監督との確執からプレーする事を拒否するなど多くの出場機会を失い、更には2004年欧州選手権出場を賭けたイングランド代表との試合でイングランド代表スター選手ベッカムに罵声を浴びせイングランド国内でのプレーが不可能となり2004年より韓国にてプレー、その後Jリーグ浦和レッズに加入し主力として活躍しチーム祈願の初リーグ制覇に大きく貢献している。しかし、その後は警告の対象となるプレーが多く見られ構想から外れると2005年に退団、同年8月よりドイツ名門ケルンへと移籍した。

アルパイの代表デビューは1995年2月15日ルーマニア戦。1996年、2000年欧州選手権にも出場を果たし母国の躍進に貢献、2002年W杯欧州予選マケドニア戦では2度に渡って同点弾を挙げこの試合でハットトリックを達成、母国の危機を救って見せた。迎えたW杯本大会、初戦となるブラジル戦にてレッドカードを受け残るグループリーグ2試合には出場する事が出来なかったが予選突破後のすべての試合に出場し3位という好成績に大きく貢献した。代表通算90試合4得点。

(03/05/06 Created)(07/12/14 Last updated)
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