Juan ARANGO
ファン・アランゴ | ||||||||||||||||||
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ベネズエラ史上最高のレフティとして名高く、柔軟な足下の技術は欧州でも屈指の実力と賞される。大久保とチームメイトであった事から日本での知名度は高いだろうが、そのプレースタイルを日本代表に例えるならば「ベネズエラの中村」と言えば分かり易いだろう。 父親の影響から幼年期よりサッカーを始め、1997年N・カディスにおいてプロデビュー、国内リーグにおいて着実に経験を積み1999年より強豪カラカスにてプレーした後、メキシコリーグに活躍の場を移した。モンテレイ移籍初年度は下部組織のサルティージョでプレーしたがすぐにトップチームへ引き上げられ2000年7月30日クルス・アスル戦にてトップデビュー、以後主力として活躍し通算44試合に出場している。その後は強豪パチューカ等でプレーし2004年に欧州スペインへ渡り2004年8月29日レアル・マドリード戦にてリ−ガデビューを果たす。エトーという絶対的エースを失った事で低迷するチームの中でも孤軍奮闘し、そのテクニックが本物である事を証明、シーズン通算34試合に出場し6ゴールで奇跡的な1部残留に貢献して見せた。また、このシーズン第29節セビージャ戦にて相手DFナバーロの肘打ちにより右頬骨を骨折、ピッチ上で多量の出血をし意識を失い痙攣を起こしたシーンはあまりにも衝撃的であり再起も危ぶまれたが、その後順調に回復し復帰している。自身にとってリーガ2年目となる05/06シーズン、ここでもチームは降格争いを演じる不甲斐無いチームであったが、11得点5アシストを記録したアランゴの活躍もあってリーグ12位に踏みとどまっている。 代表レベルでは不動のエースであり、すでに国民的英雄。1999年1月27日デンマーク戦でのデビュー以後レギュラーとして活躍し2006年W杯南米予選でも第3節コロンビア戦から3試合連続してゴールを記録しチームに勝点7をもたらしている。結果的に本大会への切符を手に入れる事は出来なかったが翌2010年大会ではアランゴ率いるベネズエラが本大会で躍進するのも夢ではないだろう・・ (05/08/17 Created)(06/06/06 Last updated)Presented by SHOW football Island | ||||||||||||||||||