Osvaldo ARDILES
オズバルド・アルディレス | ||||||||||||||||||||||
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小柄かつ細身でありながら、抜群のサッカーセンスと戦術眼を備え更に天才的なテクニックによってファンを魅了、政治的に対立したイングランドでもそのプレーには惜しみない喝采が送られ、プレミアを代表するスター選手として君臨した。インテリジェンスに溢れた元アルゼンチン代表、1978年W杯優勝メンバー。 故郷のインスティテュート・コルドバ育成機関で育ち1973年にデビュー、1978年ワールド杯での活躍からイングランドへ渡り1978年8月19日ノッティンガム・フォレスト戦にてリーグデビューを果たすと瞬く間にトッテナムのゲームメーカーとして地位を築いた。80/81、81/82シーズンのFAカップ優勝に大きく貢献した後1982年に勃発したフォークランド紛争の影響から一時フランスにてプレー、この時、トッテナムホームスタジアムには「フォークランドはくれてやるからオジー(アルディレス)を」の横断幕が張られた事からも、いかにファンに愛されていたかが伺える。パリ・サンジェルマンにフランスカップのタイトルをもたらした後、紛争の終結した翌シーズンにはトッテナムへ復帰、怪我に苦しむ不運もありながら83/84シーズンのUEFAカップ優勝に貢献するなど素晴らしい存在感を示した。 代表デビューは1975年6月27日ボリビア戦。1978年ワールド杯ではパサレラ、ケンペス等と共に母国の初優勝に貢献、その後も代表主力として君臨し通算52試合に出場、8得点を記録した。引退後は頭脳派らしく監督としても手腕を発揮、日本にも来日を果たし清水エスパルスをナビスコカップ優勝に導けば横浜Fマリノスを2000年ファーストステージ優勝に導いた。 ・フォークランド紛争 Presented by SHOW football Island | ||||||||||||||||||||||