Roberto AYALA
ロベルト・アジャラ | ||||||||||||||||||
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強靱な身体能力を持ち、1対1の競り合い、空中戦には絶対の自信を見せる。また、そのスピードを活かしたカバー能力は世界最高クラスにありアルゼンチン代表のディフェンスの要として長期に渡り君臨すると2007年2月7日フランスとの親善試合においてアルゼンチン代表歴代最多キャップとなる107を刻んでいる。 1992年2月23日ベルグラーノ戦にてリーグデビュー、1994年にリーベルへ加入しリーグ優勝に貢献するとセリエAパルマへ引き抜かれる。しかし、ここでプレーする事なくすぐにナポリへ移籍、着実に経験を積みミランと渡り歩き、セリエAの素晴らしいストライカーを相手にしていく事でその能力を更に高めて行く。2000年9月にバレンシアへ移籍、堅守を誇るバレンシアであったがアジャラの加入によって更に安定感を増した。00/01シーズン、リーグ戦では今一つの出来(5位)に終わったがこのシーズンのチャンピオンズ・リーグでは2年連続の決勝進出に貢献、準々決勝アーセナル戦では貴重なアウェイゴールも記録する。しかし決勝バイエルン戦では怪我によって途中退場、選手ならばあの舞台に最後まで立っていたかったであろうが、チームのため自らプレーを断念、涙目でピッチを後にする姿が印象的であった。それでもこのシーズンのチャンピオンズリーグ最優秀DFに選出されると翌01/02シーズンにはリーガ制覇を達成、03/04シーズンにもリーガ優勝に貢献すると、41シーズン振りのUEFAカップ優勝も成し遂げている。 バレンシア黄金期にあって最大の功労者であったが05/06シーズン終了後の契約更新の際フロント陣との確執が表面化し07/08シーズンよりサラゴサへ活躍の場を移している。 代表としては1994年11月16日チリ戦にてデビューを飾り1998年W杯ではDF陣の中心として全試合にフル出場、ベスト8進出に大きく貢献し、絶大な存在感を示す。続く2002年W杯では、初戦キックオフ直前に負傷してしまい1試合の出場もならず無念な結果に終わったが、大会後も不動の地位が揺らぐ事はなかった。2004年に監督に就任したペケルマンは代表の大幅な入れ替えを謀り、2006年W杯メンバー選考ではサムエルやサネッティが驚きの落選をする中、順当にメンバーに選ばれ2006年5月30日W杯壮行試合アンゴラ戦ではアルゼンチン代表史上3人目となる代表100キャップを刻んだ。本大会では全5試合に出場しベスト8進出を果たしたが試合に敗れる事となった準々決勝ドイツ戦にて貴重な先制弾を記録する天国とPKキッカーとしてこれを外してしまう地獄を経験している。2007年南米選手権を最後に代表を引退したが通算115キャップは同年11月にサネッティが更新するまでのアルゼンチン最多出場記録であった。 (01/08/12 Created)(07/11/24 Last updated)Presented by SHOW football Island | ||||||||||||||||||