Michael BALLACK
ミヒャエル・バラック | ||||||||||||||||||
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ウィングからボランチまで幅広いユーティリティ性を持ち、巧みにゲームをコントロールする姿は、あのベッケンバウワーの再来とまで評される。また、時折見せるミドルシュートは威力、精度共に世界最高クラスと言うに相応しい。ドイツ代表MF。 7才の頃からサッカーを始め、その才能はユース時代から高く評価される。97/98シーズンにカイザー・スラウテルンへ移籍、当時2部に沈んでいたチームを1部復帰させると、翌98/99シーズンにはマイスターシャーレ(リーグ優勝)に輝くという前代未聞の偉業に大きく貢献する。1999年に鳴り物入りでレバークーゼンへ移籍するも、優勝を最終節に逃したり指揮官のコカイン問題などに巻き込まれるなど、苦い経験もするが、そのハイレベルなプレーによってチームを強豪に押し上げる。また、このシーズンのチャンピオンズ・リーグでも素晴らしいプレーを見せてチームのファイナル進出に大きく貢献、決勝でレアル・マドリードの前に敗れたものの、その功績は多くの人々に認められキッカー誌の選出するドイツ最優秀選手にも選出された。02/03シーズンより強豪バイエルン・ミュンヘンへ移籍、すぐにチームの中心として活躍し、移籍初年度にリーグ、カップの2冠に貢献し2年連続のドイツ最優秀選手に選出される。同シーズン、バラックを放出したレバークーゼンが降格争いを演じる程低迷したのは容易に理解出来る所である。04/05シーズンから2シーズン連続してリーグ、国内カップの2冠にも大きな役割を果たし、これを置き土産にプレミア強豪チェルシーを新たなる挑戦の場に選んだ。イングランドでは怪我による長期離脱も重なり本領を発揮しているとは言いがたいが今後の活躍に期待したい。 1999年4月のスコットランド戦で代表デビューし、その後不動のポジションを確立、当時ドイツ代表を牽引したエッフェンベルクに「俺の後継者はバラック」とまで言わしめた才能は、2002年W杯でも素晴らしいプレーで母国を決勝に導いた。しかし決勝では累積警告が理由で出場出来ずチームもブラジルの前に敗れてしまったのは残念であった。2004年欧州選手権でもまずまずのプレーを見せながらチームはグループリーグで敗退するも母国開催となった2006年W杯では若いチームを牽引し3位の好成績に貢献している。その後怪我の影響から2007年3月以降代表を離れたが翌年2月に代表復帰を果たしている。 (01/08/01 Created)(08/01/31 Last updated)Presented by SHOW football Island | ||||||||||||||||||