Guillermo BARROS SCHELOTTO
ギジェルモ・バロシュケロット | ||||||||||||||||||
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小柄だが、スピードと技術に優れた突破からのゲームメークを得意とする元アルゼンチン代表FW。得点能力も高く決定的な仕事が出来るプレーヤーであるが最大の持味は、その豊富な運動量をいかし前線で相手を撹乱する動き、どんな時にでも全力でプレーする熱い魂は、ファンを魅了するのも当然だろう。 ギジェルモ・バロシュケロットはブエノスアイレス州ラ・プラタ市にて生まれ地元ヒムナシアにてキャリアをスタート、1991年10月1日インデペンディエンテ戦にてデビューを飾る。翌年3月リバープレート戦にて初得点を挙げ、以後主力として活躍、96/97前後期合わせて14得点の活躍を見せ、双児の兄弟グスタボと共に強豪ボカ・ジュニアースへ引き抜かれる。当時強豪の一角に数えられながら優勝から見放されていたチームだが名将ビアンチ監督の就任と共に一変、自身も持ち前の熱いプレーでファンの心を掴み主力として活躍、幾度かの怪我に苦しみながらも97/98前期後期リーグ優勝に大きく貢献した他、2000年リベルタ・ド−レス杯優勝、2001年の同じリベルタ・ド−レス杯では4試合連続得点を含むチーム最多の5得点を挙げ大会連覇に最大の役割を果たした。更に2003年にも同大会を制し、4年の間に3度の南米チャンピオンとなったボカ黄金期をバロシュケロット抜きでは語る事は出来ないだろう。2002年に通算100得点達成、その後2004年には通算400試合出場を達成している。また、トヨタカップでも3度のピッチに立ち2度の世界王者に貢献している。 代表としては1995年2月14日ブルガリア戦にてパサレラの元デビューを果たし、Uー23代表として1995年ワールドユース優勝メンバーにも名を列ねた。1999年南米選手権にも出場を果たし、その活躍が期待されたがその後怪我の影響等で代表から遠ざかってしまったのは残念であった。 (04/06/08 Created)(08/01/15 Last updated)Presented by SHOW football Island | ||||||||||||||||||