Peter BEARDSLEY
ピーター・ベアズリー | ||||||||||||||||||||||||||
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スピードに優れ幅広い動きで相手を混乱に陥れた元イングランド代表。また、ストライカー特有のエゴがなく常にチームに献身的プレーで貢献、世界的知名度を誇るリネカー最高のパートナーとしても有名である。 ピーター・ベアズリーは3部カーライル・ユナイテッドにてキャリアをスタートさせ、83/84シーズンに当時2部リーグにあったニューカッスルへ引き抜かれる。加入シーズン、いきなり20得点を挙げ1部昇格圏内となるリーグ3位の成績に貢献、翌84/85シーズン、1984年8月25日レスター戦にて1部リーグデビュー。ここで不動のストライカーとして名声を高め、87/88シーズンにリバプールへ移籍する頃にはニューカッスル加入時に発生した移籍金15万ポンドをはるかに上回る190万ポンドの移籍金が発生している。この期待に応えるように15得点を挙げ自身初となるリーグ優勝に貢献、翌シーズンにはFAカップ優勝を果たし89/90シーズンにもリーグ優勝に貢献。リバプールで過ごした4シーズン全て2桁得点を記録し、その後移籍したエバートンでも本領を発揮、エバートンの財政難により古巣ニューカッスルへ戻るといきなり自身リーグ最多となる21得点を記録している。2度目のニューカッスル在籍は4シーズンで終わったが、彼が在籍したすべてのシーズンニューカッスルは常に上位に顔を並べ、彼が去った後は低迷期に陥る事となった。1997年、王室よりサッカー界に貢献した選手に授与されるPFA最優秀功労賞を受賞、キャリアの終盤は2部リーグ、3部リーグ等でプレーし1999年現役を引退した。 代表デビューは1986年1月29日エジプト戦、25才の時。同年に開催されたW杯メンバーにも名を列ね初戦ポルトガル戦試合終了10分前にW杯デビューを果たした。結局この試合に敗れ、出場機会のなかった第2戦モロッコ戦を引き分け、母国イングランドの決勝トーナメント進出が厳しい状態となったが、第3戦目、当時強国に数えられたポーランド戦にてスタメン出場、得点こそなかったが、ベアズリーの献身的かつ効果的なプレーがリネカーの3得点を導き、決勝トーナメント進出へ大きく貢献、続くパラグアイ戦では得点も挙げレギュラーの座を確立させた。この大会準々決勝アルゼンチン戦にてマラドーナの神業の前に敗れてしまったが、以後リネカー最高のパートナーとして長い間代表でコンビを組み活躍した。代表通算59試合9得点。 (04/03/31 Created)Presented by SHOW football Island | ||||||||||||||||||||||||||