Miodrag BELODEDICI

ミオドラグ・ベロデディチ

ミオドラグ・ベロデディチのフォト
 フルネームミオドラグ・ベロデディチ
 国籍ルーマニア
 生年月日1964年5月20日
 出身地ソコロバツ(ユーゴスラビア)
 ポジションDF
 身長・体重183cm・79kg
 個人タイトルなし
 ワールド杯1994年ベスト8
所属クラブ
1982-89ステアウア・ブカレスト
1989-92レッドスター(ユーゴスラビア)
1992-94バレンシア(スペイン)
1994-95ヴァリャドリッド(スペイン)
1995-96ヴィジャレアル(スペイン)
1996-98アタラテンテ(メキシコ)
1997-01ステアウア・ブカレスト

柔軟なテクニックと判断力に優れた能力を持ち合わせ、全盛期には「東欧のベッケンバウワー」との異名を与えられた。リベロとして守備全体をカバーし、その広い視野からチャンスメーカーとしても素晴らしいプレーを見せた、元ルーマニア代表。

その存在が知れ渡ったのは東欧勢クラブとして初めての優勝した1986年チャンピオンズ・カップ。決勝戦のバルセロナ戦では弱冠21才とは思えぬ落ち着いた守備を見せ活躍した。1984年7月中国戦でのデビュー以来ルーマニア代表としても活躍していたが、東欧の民主化の流れの中で生まれ故郷であるユーゴスラビアへ亡命すると名門レッドスターへ加入、ここでも1991年のチャンピオンズ・カップのタイトルを獲得し異なったチームで2度の栄冠に輝く最初の選手となる。その後スペインへ渡るが思うような活躍が出来ずメキシコのクラブを経てステアウア・ブカレストへ復帰しリーグ優勝などのタイトルに貢献する。

1988年12月亡命後は再三に渡るルーマニア代表からの帰国要請を拒否、1990年W杯出場を果たしたルーマニア代表も辞退した。しかし1992年にルーマニアの独裁体制が崩壊すると代表復帰を果たし1994年W杯ベスト8に貢献、その後もチームの主力として活躍する。1996年の欧州選手権後、怪我やチームの若返りのため代表から遠ざかっていたが2000年欧州選手権にて再び代表復帰、1次リーグイングランド戦で怪我によって退場したポペスクに代わって出場すると安定したプレーを見せチームの勝利に貢献、ベスト8進出を果たした。代表通算55試合5得点。

(02/02/05 Created)
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