Laurent BLANC
ローラン・ブラン | ||||||||||||||||||||
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状況判断に優れ、素晴らしい技術と長身を活かした制空権を武器に精神的支柱としてラインを統率した元フランス代表センターバック。得点力にも優れ、フランス黄金時代を語るには不可欠な選手である。 ローラン・ブランは当時2部リーグにあったモンペリエにてプロキャリアをスタート、当初攻撃的MFとしてプレーしていたが、当時の指揮官エメ・ジャケによってDFにコンバートされる。86/87シーズン2部リーグ優勝、1部リーグ昇格に大きく貢献し89/90シーズンには国内カップ優勝の原動力となって活躍した。セリエAナポリでも31試合に出場し6得点を挙げる活躍を見せたが戦術面に苦しむ場面も見られ1年で母国へ戻る事となる。ニーム、サンテチェンヌと渡り歩いた後加入したオセールにてクラブ初のリーグ優勝に貢献、更に国内カップも制し2冠達成に大きな役割を果たした。1996年にスペイン強豪バルセロナへ加入しロナウド等と共に欧州カップウィナーズカップ優勝に貢献するが、再び母国へ戻り名門マルセイユの再建に貢献、加入シーズンにはDFながら11得点を記録している。1999年より再びセリエAインテルへ加入しこのシーズンのコパイタリア優勝、2001年からはマンチェスター・Uへと渡り、現役最後のシーズンをプレミアリーグ覇権奪回にて有終の美を飾った。 1988年Uー21欧州選手権優勝に貢献した後1989年2月7日アイルランド戦にてフル代表デビューを飾る。その後主力として君臨し2000年9月イングランド戦での代表引退まで実に97試合に出場、DFのポジションにありながら16得点も挙げている。1998年ワールドカップ、パラグアイとの決勝トーナメント1回戦、司令塔のジダンを欠くフランスはパラグアイの守備陣を攻略できずにいたが、ブランは果敢にオーバーラップをし、ワールドカップ初となるゴールデンゴールを決めフランスを勝利に導いた。あのゴールデンゴールがなければ、恐らくチラベルトにPK戦によってフランスは敗れていただろう、とも思われるだけに、あのゴールの価値は何ものにも代えられない得点であった。そしてテュラム、デサイー、ブラン、リザラズで組まれた守備陣は大会記録となる2失点でワールドカップ優勝をもたらした。自身は準決勝クロアチア戦での警告から決勝の舞台に立てなかったが1994年ワールドカップ出場をかけた欧州予選最終ブルガリア戦で起こった「パリの悲劇」のリベンジを見事に果たしたと言えるだろう。2000年欧州選手権でもチーム初ゴールを挙げ、フランスを波に乗せるなど欧州選手権制覇にも大きく貢献し、大会後2試合の親善マッチに出場した後ブランは代表引退を決意する。 2002年ワールドカップではフランス代表は前回王者として初のグループリーグ敗退という大失態を演じてしまった。ジダンの負傷、ピレスの離脱などがこの要因として挙げられるが、ブランの引退も間違いなく大きな要因であったのは言うまでもないだろう。また、GKバルテズの頭にキスをする勝利の儀式も有名であり、フランス代表にはとてつもない幸運と奇跡をもたらしている。 (01/03/15 Created)(03/07/27 Last updated)Presented by SHOW football Island | ||||||||||||||||||||