Rainer BONHOF
ライナー・ボンホフ | ||||||||||||||||||
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底なしのスタミナを持ちピッチ上を縦横無尽に駆け回り中盤守備の要として活躍、得点力、アシスト能力にも優れ攻撃時にも真価を発揮し1974年W杯では影のMVPというに相応しい活躍で母国の優勝に多大なる貢献をしている。 地元エメリッヒのクラブで育ち、1970年にボルシアMGへ入団、1970年8月15日K・オッフェンバック戦にてリーグデビューを果たしこのデビュー戦でリーグ初得点も記録している。このシーズンは怪我の影響もあり11試合の出場に終わるもクラブ祈願のリーグ初優勝に貢献、その後は不動の地位を確立させ74/75シーズンからのリーグ3連覇、72/73シーズン国内カップ、74/75シーズンUEFAカップ等のタイトルに貢献、黄金期を築き上げた。その後自身が海外でどれだけプレー出来るか挑戦するためスペインリーグへ活躍の場を移したが、ここでもレギュラ−として活躍し78/79シーズンの国内カップ、更に翌79/80シーズンにはカップウィナーズ・カップ優勝に大きく貢献して見せた。バレンシアでの充実した2シーズンを経て母国へ戻り1983年5月28日ブラウンシュヴァイク戦を最後にユニフォームを脱いだ。 各クラブにもたらしたタイトルの数々は賞賛に値するが、ただ一つ、悔いが残るとすれば76/77シーズンチャンピオンズ・カップ決勝にてリバプールに敗れた事、この試合で先制点かと思われた自身のシュートはポストに嫌われるなど不運もあり残念な結果に終わった。このタイトルを手中にしていれば当時の欧州3大カップすべてを制し、すべての決勝でピッチに立ったボンホフへの賞賛は更に大きなものとなっていただろう。 代表デビューは1972年5月26日、ミュンヘンで行われたソ連戦。この年はこの1試合の出場に終わり翌年も同じく1試合の出場に終わる。まぎれも無くサブとしてのベンチ要員であったが、1974年W杯を期に事態は一変する。1次リーグにて東ドイツにまさかの敗戦を屈した事で、続くユーゴスラビア戦でスタメンに抜擢、その効果が絶大であった事で以後不動の地位を確立させるのである。自身W杯2試合目となったスウェーデン戦では代表初得点も記録、決勝オランダ戦では右サイドを突破しミュラーの決勝弾をアシストするなど素晴らしい活躍で母国の優勝に大きく貢献して見せた。その後も不動の地位は揺るがず1981年1月まで代表の主力として活躍、通算53試合に出場し9得点を記録している。 (05/03/15 Created)Presented by SHOW football Island | ||||||||||||||||||