Paul BOSVELT
ポール・ボスフェルト | ||||||||||||||||||
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けして派手さはないが中盤の底から優れた展開力でチームを牽引した元オランダ代表MF。攻撃力、守備力共に安定した力を発揮し、高いキャプテンシーも兼ね備えた。フェイエノールトにて小野と共にプレーし、当時キャプテンとして活躍した事からその知名度は日本でも高いであろう。 89/90シーズン、当時2部にあったゴーアヘッドイーグルスにてプロデビュー、デビューシーズンからチームの中核を担い、その後1部昇格に大きく貢献、在籍した5シーズンほとんどの試合に出場し通算27得点を挙げ注目を浴びる。その後トゥヴェンテを経て1997年に強豪フェイエノールトへ引き抜かれ98/99シーズンには92/93シーズン以来のリーグ優勝に大きな役割を果たした。その後はアヤックス、PSVの前にリーグ制覇を逃すも、キャプテンとして存在感あるプレーでファンを魅了、01/02シーズン4月ヘーレンフェーン戦ではそのポジションにありながらハットトリックを達成するなどの活躍を見せている。そして、このシーズンのUEFAカップではチームに久々のタイトルをもたらし決勝の場となったデ・カイプ・スタジアム(フェイエのホームスタジアム)は歓喜の輪に包まれた。ボスフェルトのキャリアの中でも最も光り輝いた瞬間であったと思われる。03/04シーズンより初となる海外移籍、2003年8月25日ブラックバーン戦にてプレミアリーグデビューを果たし、2シーズン通算53試合に出場、経験を活かしたプレーでチームを牽引し活躍した。 一方、ボスフェルトの去ったフェイエノールトは低迷を極め、ファンの間ではボスフェルトの復帰を望む声が多かったが、フェイエ首脳陣は年齢的にピークを過ぎた彼にオファーを出さず、05/06シーズンより「敵」としてオランダリーグに舞い戻る事となった。自身はフェイエノールトに戻る意志があっただけに、残念な結果と言えるだろう。ボスフェルトのような選手こそ、低迷するフェイエノールトに必要と感じたのは私だけではないだろう。 2000年3月29日ベルギー戦、30才という遅咲きながらスタメンフル出場の代表デビューを飾り、その後は代表に定着、同年地元で開催された欧州選手権にもメンバーに選出され3試合に出場している。2002年ワールド杯欧州予選では残念な結果に終わったがその後オランダ代表指揮官となったアドフォカート監督の元でも不可欠な存在としてプレーし2004年欧州選手権にも出場を果たした。代表通算24試合0得点。 (03/08/01 Created)(08/01/21 Last updated)Presented by SHOW football Island | ||||||||||||||||||