Andreas BREHME
アンドレアス・ブレーメ | ||||||||||||||||||
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アンドレアス・ブレーメとは80年代から90年代西ドイツの黄金期をその卓越したディフェンス能力だけではなく、正確なFKとクロスボールで攻守に渡り支えた当時世界最高のレフトサイドバックである。本来右利きだが、その技術力の高さは蹴る足を選ばず、左右両方から繰り出される正確なキックはチームに数多くのチャンスをもたらした。また、ストッパーとしてだけでなく、その優れたFKと左サイドからのチャンスメイクはリザラス、ロベルト・カルロスなどの、その後のスタープレーヤーに多大な影響を与えた。W杯イタリア大会優勝時の代表監督、かのベッケンバウアーには「ブレーメほどの完璧な選手に私が教えられる事など何も無い。」とまで言わしめている。 バルムベクでキャリアをスタートさせると20歳の時に当時2部だったザールブリュッケンにてプロ契約を結ぶ。そこでの活躍はすぐに目にとまり翌年にはカイザースラウテルンに引き抜かれすぐにレギュラーに定着、5シーズンに渡りほぼ全ての試合に出場し84/85シーズンにはDFながら11得点とそのシュートの正確さも示した。 26歳の時にバイエルン・ミュンヘンに移籍しレギュラーとして活躍。いきなりその年のリーグ優勝に貢献する。ここでの活躍は遠くイタリアにまで伝わり、2年後には同僚のマテウスと共にインテルに加入すると1年目でチームに9年ぶりとなるスクデットをもたらす。その後、1シーズン遅れて加入したクリンスマンと共に「ジャーマン・トライアングル」を構成、90/91シーズンにはインテルに初のUEFAカップをもたらした。その後スペインでプレーした後、古巣であるカイザースラウテルンへ復帰、2部落ち等の経験をしながらも1996年の国内カップ優勝に貢献しキャリアの最後となる97/98シーズンには出場機会こそ少なかったもののリーグ優勝を果たし、引退に華をそえた。 代表デビューは1984年2月15日のブルガリア戦。ワールドカップには3回出場し1986年メキシコ大会準決勝フランス戦ではフリーキックから貴重な先制ゴールを挙げるなどの活躍を見せ準優勝に貢献。更に特筆すべきは1990年イタリア大会決勝アルゼンチン戦。ローマのオリンピコでアルゼンチンと対したドイツは0ー0でむかえた85分にPKを獲得、絶対に外すことは許されないこのPKを彼が右足で冷静に決め、ドイツに3度目のワールドカップをもたらしたのだった。代表通算記録86試合8得点。 (01/03/15 Created)(03/05/20 Last updated)Presented by SHOW , collaboration is LEVEL-K football Island | ||||||||||||||||||