Mark BRESCIANO
マーク・ブレッシャーノ | ||||||||||||||||||
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タイミングの良い走り込みから得点能力も高いオーストラリア代表。左右中央問わずプレー出来る攻撃のスペシャリストでありセリエAでも有数のプレーヤーとして地位を固める事に成功している。 イタリア人の父親とクロアチア人の母親の間に生まれたマーク・ブレッシャーノはオーストラリアリーグのカールトンにてキャリアをスタートさせた。1999年ワールドユースでは「9番」を背負いプレーすると当時セリエBにあったエンポリへと引き抜かれた。父親の祖国でプレーする夢が叶ったブレッシャーノはイタリアの地で着実に成長を果たし01/02シーズンには33試合10得点の活躍でA昇格に貢献した。これを置き土産にオーストラリア代表選手としては最高となる750万ユーロでパルマに引き抜かれ、2002年9月15日パルマ戦にて祈願のセリエAデビューを果たす事となる。パルマでの初年度は中田の存在もありプランデッリ監督のファーストチョイスではなかったが、翌シーズン第2節ペルージャ戦においてセリエA初得点を記録して以降はレギュラーとして活躍し、通算8得点の活躍を見せ断固たる地位を築く事に成功する。その後チームは低迷するもブレッシャーノの評価が下がる事もなく、05/06シーズン終了後には近年躍進を続けるパレルモへ引き抜かれている。 代表としては2000年母国開催となったシドニー五輪代表に出場、翌年2001年6月1日コンフェデ杯フランス戦において後半途中スココに代わってフル代表デビューを果たした。その後コンスタントに出場機会を増やすと2006年W杯を賭けたプレーオフ、対ウルグアイ第2戦目において貴重な決勝弾を記録しホーム&アウェイ合計1ー1の同点、決着はPK戦の末オーストラリアが8大会振りのW杯切符を手中にするが、この試合で得点を挙げたブレッシャーノが一躍代表のヒーローとなったのは言うまでもないだろう。。本大会では全4試合に出場し決勝トーナメント進出に大きく貢献している。 余談であるが、2006年W杯においてグループリーグで戦ったクロアチアは母親の故郷、決勝トーナメント1回戦で戦ったイタリアは父親の故郷であった。 (06/09/29 Created)Presented by SHOW football Island | ||||||||||||||||||