Tomas BROLIN

トマス・ブロリン

トマス・ブロリンのフォト
 フルネームトマス・ブロリン
 国籍スウェーデン
 生年月日1969年11月29日
 出身地ヒューディクスヴァル
 ポジションFW・MF
 身長・体重176cm・73kg
 個人タイトルなし
 ワールド杯1990年グループリーグ敗退
1994年3位
所属クラブ
1987-89GFKスンドヴァル
1989-90IFKノルチェーピン
1990-96パルマ(イタリア)
1995-96リーズ・ユナイテッド(イングランド)
1996-97チューリッヒ(スイス)
1996-97パルマ(イタリア)
1997-98クリスタルパレス(イングランド)
1998ヒューディクスヴァル

豊富な運動量と素早い動きで相手を翻弄し、シュート体勢から打つまでのスピードも素早い、スタミナとスピードを兼ね備えた元スウェーデン代表の攻撃的ミッドフィールダー。「スウェーデンのマラドーナ」とまで評れ、高い攻撃力を持ちながら味方を活かす事にも優れ、ダーリンやK・アンデション等と組んだ1994年W杯では母国を3位に押し上げる原動力となった。

ヒューディクスヴァル市で生まれたブロリンはネスビケンIFでキャリアをスタートさせるとスンドヴァルにて頭角をあらわす。そして国内屈指の強豪であるノルチェーピンに移籍を果たした同年、1990年4月25日には代表デビューを果たすまでに成長を遂げ、1990年ワールドカップイタリア大会に召集され、レギュラーとして全3試合に出場。ブラジル戦では1得点を挙げる活躍をするがチームは全敗し、予選リーグ最下位で敗退することとなるがブロリンはその活躍が認められ、イタリアのパルマに移籍する。

ブロリンが在籍した6シーズンで、パルマは91/92シーズンにクラブ初となるコッパイタリア制覇を成し遂げると翌シーズンにはカップ・ウィナーズ・カップと欧州スーパーカップのダブルを達成。94/95シーズンにはイタリア対決となったUEFAカップ決勝でユベントスを退け優勝を果たすなどそれまでタイトルとは無縁だったクラブに様々な欧州のビッグタイトルをもたらしたのだった。

一方代表での活躍も目覚しく、1992年の欧州選手権では自身の決勝点でデンマークを下すと1勝1分で迎えたグループリーグ最終戦のイングランド戦。1ー1の拮抗したこの場面でもブロリンがゴールを決め、チームを欧州選手権初の準決勝進出に導き、自身も大会通算3得点を決め、ベルカンプ、リードレ、ラルセンらと並んで大会得点王に輝いた。迎えた1994年W杯では、グループリーグ最終戦となったブラジル戦にてK・アンデションのゴールをアシストすると接戦となった準々決勝ルーマニア戦では先制点を記録。準決勝で惜しくもロマーリオ擁するブラジルに敗れるが3位決定戦のブルガリア戦でも先制点となるゴールを決め母国の3位躍進に貢献し、ブロン自身もベスト11に選出されている。代表通算47試合26得点。

こうしてキャリアのピークを迎えていたブロリンだったが1994年11月16日に行われていた1996年欧州選手権予選ハンガリー戦での大怪我を境に下降線をたどる。翌年5月に復帰するも本来のプレーには戻らず、その結果パルマでの出番も減り95/96シーズン途中に450万ポンドでイングランドのリーズにレンタルされるとスイスのクラブにも移籍。一度パルマに戻るが得点を挙げる事が出来ず97/98シーズンにはイングランドのC・パレスへ。ここではアシスタントコーチも兼任するなどしたが、その後も足の怪我に悩まされ続けたブロリンは母国に帰り、29歳という若さで現役を引退することとなった。引退後は電気掃除機の販売店等を経営しながら、地元セミプロチームにてGKとしてプレーするなどサッカーを楽しんでいるらしい。

ジャンプしながら右手を突き上げ回転する独特のパフォーマンスと共に多くのゴールを生み出したブロリンのその輝きは、短いものではあったが母国スウェーデンの人々は今でも1992年、1994年代表の活躍を懐かしむ時は同時に彼の活躍を思い出すのである。

(01/03/15 Created)(04/05/31 Last updated)
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