Gianluigi BUFFON
ジャンルイジ・ブッフォン | ||||||||||||||||||
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抜群の瞬発力と判断力を備え、飛び出しのセンス、ハイボールの処理とも世界最高クラス。30代半ばかと思わせるベテランの頭脳も合わせ持ったイタリア代表守護神であり現在誰もが疑わぬ世界最高守護神の1人。 当時パルマGK育成コーチ兼スカウトであったエルメス・フルゴーニによって見い出され1994年にパルマに入団、翌95/96シーズン11月19日のミラン戦において弱冠17才でトップデビューを果たす。このシーズンは9試合のみの出場に終わるが翌シーズンより不動の守護神として君臨、01/02シーズンより強豪ユベントスへ加入すると、このシーズンのスクデットに大きく貢献した。更に翌02/03シーズンのスクデット連覇も達成し、チャンピオンズ・リーグでは決勝という最高の舞台にも立った。同じセリエAチーム、ミランとの決勝戦、神憑かり的なセービングを見せ改めて全世界に能力の高さを見せつけた。PK戦までもつれた熱戦にて2本のPKを止める奮闘を見せながら相手GKヂダの3本セーブには及ばず試合に敗れてしまったが、それでもこのシーズンを通しての素晴らしいパフォーマンスは各国から賞賛されUEFAの選ぶ最優秀選手賞に選出された。その後もスクデット連覇のタイトルをチームにもたらしたが05/06シーズン終了後、チームのスキャンダル(八百長疑惑)に巻き込まれチームはB降格が決定的となりブッフォンの動向に注目が集まったが、自身はセリエBにてプレーする事を表明している。 1997年10月29日のロシア戦にて代表デビュー。1998年ワールド杯では出場機会はなかったもののメンバーに選出されその後代表不動の守護神として君臨する。2000年欧州選手権を前に左手を故障し、大会への出場はならなかったが2002年W杯では不動のメンバーとして自身初のビッグタイトルに挑んだ。この時は決勝トーナメント1回戦にて開催国韓国の前に敗れ、2004年欧州選手権でも好パフォーマンスを見せながらグループリーグで敗退し失意のままに帰国する不運を経験するが、三度目の国際タイトル挑戦となった2006年W杯において全7試合に出場しついに悲願を達成、大会を通し素晴らしいプレーを見せたブッフォンには大会最優秀GK賞(ヤシン賞)が送られその実力に見合うタイトルを手中にしたのである。 余談だが、サッカーを始めた当時は右サイドアタッカーとしてプレーしていたが90年ワールド杯で活躍したカメルーン代表GKトーマス・ヌコノのプレーを目にしてGKへ転身、更にその理由の1つに「他チームメイトと違うユニフォームが着れる」という事にも魅力を感じたらしい・・・。また、ブッフォンは超エリートのスポーツ一家に生まれ、両親は共に砲丸投げでイタリアチャンピオン、姉2人はバレーボールの選手としてセリエAでプレーしている。 (01/03/15 Created)(06/11/29 Last updated)Presented by SHOW football Island | ||||||||||||||||||