BULENT Korkmaz
ビュレント・コルクマズ | ||||||||||||||||||
| ||||||||||||||||||
| ||||||||||||||||||
|
勇敢なる魂を持ち、長い間ガラタサライの精神的支柱として活躍した英雄。タイトなマンマークと経験を活かしたプレーでチームを牽引し、常に誇りを持ってプレーする姿は「ミスター・ガラタサライ」と言うに相応しいものであった。 ビュレントはガラタサライユースで育成され1987年当時監督であったJ・ダウォールによってトップチームへ引き上げられた。その後は主力としてプレーしディフェンスの要として、そして主将としてガラタサライの黄金期を築く事となる。通算9度のリーグ優勝、更には6度の国内カップに加え99/00シーズンにはトルコクラブ史上初となるヨーロッパカップ制覇UEFAカップを掲げる事に成功している。キャリアの終盤は年齢的なものもありベンチを温める事が多かったが現役にして伝説的プレーヤーとして尊敬を集めていた。 トルコ代表としてもUー21代表として4試合に出場した後、1990年10月17日アイルランド戦にてフル代表デビュー以後、重要な戦力として活躍し1996年欧州選手権にも出場した。1997年以降8月を最後に代表を離れる事となるが、2000年6月代表監督に就任したギュネスの元で代表復帰。2002年W杯では6試合に出場しチームの3位躍進に貢献すると、自身にとって代表3得点目となるゴールを中国戦で記録している。2004年8月18日ベラルーシ戦では歴代トルコ代表プレーヤーの中で初の100キャップを達成、その後も代表メンバーに名を列ね、出場機会こそなかれどベンチの中から精神的支柱として重要な役割を果たした代表通算102試合3得点。 間もなく引退を迎えるであろうが、キャリアのピーク時には数々のオファーが届きながら、愛するチームを離れようとせず、約20年もの間ガラタサライ一筋であり続け、また10年もの間をキャプテンとして牽引した功績は賞賛に値するであろう。 (05/06/13 Created)(06/08/03 Last updated)Presented by SHOW football Island | ||||||||||||||||||