Emilio BUTRAGUENO
エミリオ・ブトラゲーニョ | ||||||||||||||||||
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ストライカーとしては小柄ながらその体格の弱点を補って有り余る抜群の得点感覚と素早い動きを兼ね備えたスペインの名手。素晴らしいポジショニングから一瞬で確実にゴールを奪うそのプレースタイルからエル・ブイトル(はげ鷲)の異名を持つ。 ブトラゲーニョは1963年7月22日スペインの首都マドリードで生まれる。当時ユースの大会で優勝するなど若くして活躍していたブトラゲーニョに一早く目をつけたのはアトレティコ・マドリードであった。しかし彼の父親が大のレアル・マドリードファンであったこともあり、18歳の時レアルとアマチュア契約を交わし、アマチュアリーグのFCカスティーリャに所属する。翌年にはオビエド戦でデビューを果たすとチームの優勝に貢献。その活躍が当時のレアルの監督、ディ・ステファノの目にとまり、1984年カディス戦にてトップデビューを果たす。ブトラゲーニョはその試合、後半からの起用にもかかわらず2ゴールを記録し鮮烈なデビューを飾った。 その後1985年に加入したウーゴ・サンチェスとコンビを組むとレアルは絶大な攻撃力を発揮、85/86シーズンより破竹の5連覇を達成し、レアルの黄金期を支えた。ブトラゲーニョが在籍した11シーズンでチームは6度のリーグ優勝、2度のUEFAカップとコパ・デル・レイ、3度のスペインスーパーカップを制覇し、ブトラゲーニョ自身も1985、86年とイタリアメディアが選出するブラボー賞(23歳以下の若手選手より選出)を2年連続で受賞、バロンドール投票でも2年連続3位に食い込み、多大な評価を得た。また、この黄金期、ウーゴ・サンチェスは4度の得点王を獲得したがブトラゲーニョなくして、それは成し得なかったであろう。自身も90/91シーズンには19得点で得点王に輝いている。 代表では1984年10月17日ウェールズ戦でデビューを飾ると、その試合でいきなり得点を決め、その後代表通算69試合26得点とゴールを量産。なかでも1986年ワールドカップメキシコ大会決勝トーナメントではドイツ、ウルグアイと同居した予選を圧倒的な強さで勝ち抜いてきたデンマークを相手に、1試合4得点という1966年イングランド大会におけるポルトガルのエウゼビオ以来の快挙を達成、5ー1でデンマークを破った事はブトラゲーニョを語る上で欠く事は出来ない。しかし1984年の欧州選手権では決勝でフランスに破れ、2回のワールドカップでもベスト8と16に終わるなど国際タイトルには恵まれなかった。 1995年、レアルを退団したブトラゲーニョはメキシコに向かい、アトレチコ・セラヤにて3シーズンを過ごすとそこで現役を終えた。現役引退後はレアルのフロント入りを果たし今でもレアルと共に第2の人生を過ごしている。 (01/03/15 Created)(03/06/03 Last updated)Presented by SHOW , collaboration is LEVEL-K football Island | ||||||||||||||||||