CAFU
カフー | ||||||||||||||||||
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90分間以上休まずプレー出来る驚異的なスタミナがカフー最大の持味だが、右サイドバックとしてディフェンス能力はもちろん俊足を活かした鋭い攻め上がりから繰り出される正確なクロスも魅力。時にはストライカーかと思わせるポジションどりから果敢にゴールも狙うブラジル代表スタープレーヤーである。 サンパウロ市南西のカポンヘドンド地区ジャルジンイレーネという貧民区で育ち、プロサッカー選手になる事を夢見て少年時代を過ごす。12度のプロテストに落選するという経験を経て1988年に地元強豪サンパウロへ入団、名将テレ・サンターナ監督によって右サイドバックにコンバートされた事でカフーの才能は本格開花、翌年よりレギュラーとして活躍する。1991年には全国選手権、州選手権制覇に貢献するなど不動の地位を確立すると1992年、93年のリベルタドーレス杯、トヨタ杯の連覇にも大きな役割を果たす。94/95シーズンよりスペインへ渡り、カップ・ウィナーズ・カップ優勝に貢献するがチームにうまく溶け込む事が出来ず1年で帰国、パルメイラスでは1996年の州選手権優勝に貢献し再び輝きを取り戻した。97/98シーズンよりセリエAローマへ移籍すると世界でも有数の右サイドタレントとして活躍、00/01シーズンには18年振りとなるスクデッド獲得に大きく貢献して見せた。2003年より横浜マリノスへの加入がほぼ確定していたが、ミランからのオファーを受け、セリエAにとどまる事となった。日本でその姿が見れないのは残念であったが、まだまだ欧州のトップで活躍出来るだけに納得のいく所、現にミラン加入1年目にしてチーム5シーズン振りのスクデット獲得に大きく貢献し、現在まで衰えを見せていない。 1990年9月12日スペイン戦にてフル代表デビュー、当時右サイドバックとして活躍していたジョルジーニョの後継者として注目を集める。1994年ワールド杯決勝では怪我のジョルジーニョに代わって舞台に立ち優勝に貢献、その後レギュラーに定着、1997年コパ・アメリカ優勝から不動の地位を確立した。1998年ワールド杯では6試合に出場、自身2度目となる決勝の舞台では地元フランスの前に敗れ準優勝に終わったが、2002年ワールド杯ではキャプテンとして全7試合にフル出場し覇権奪回に貢献すると同時に、通算3度ワールド杯決勝の舞台に立つという前人未到の記録を残した。年齢的に見てこの日韓ワールド杯がカフーにとって最後の大会かと思われたが、その後も衰え知らずの活躍でチームを牽引し2006年ワールド杯でも4試合に出場、歴代4位となる通算20試合のワールド杯出場を果たしている。カフーの後継者と言われる選手は数多く存在するが、偉大過ぎる名のあるポジションを引き継ぐのは容易ではないだろう。 (01/03/15 Created)(06/08/20 Last updated)Presented by SHOW football Island | ||||||||||||||||||