Claudio CANIGGIA

クラウディオ・カニージャ

クラウディオ・カニージャのフォト
 フルネームクラウディオ・パウロ・カニージャ
 国籍アルゼンチン
 生年月日1967年1月9日
 出身地ブエノスアイレス
 ポジションFW
 身長・体重175cm・67kg
 個人タイトルなし
 ワールド杯1990年準優勝
1994年ベスト16
2002年グループリーグ敗退
所属クラブ
1985-88リバープレート
1988-89ヴェローナ(イタリア)
1989-92アタランタ(イタリア)
1992-94ローマ(イタリア)
1994-95ベンフィカ(ポルトガル)
1995-99ボカ・ジュニアース
1999-00アタランタ(イタリア)
2000-01ダンディー・ユナイテッド(スコットランド)
2001-03レンジャース(スコットランド)
2003-04カタールクラブ(カタール)

圧倒的スピードを誇るドリブルを武器に90年代アルゼンチン代表を支えたスタープレーヤーであり、マラドーナとのコンビは抜群。長髪をなびかせてゴールへ向かう姿も印象的であり記憶に残る選手の1人である。

クラウディオ・カニージャは1985年12月14日サンタフェ戦にてプロデビュー、翌年よりリバープレートの主力として活躍し1988年より欧州に渡りプレーした後、1995年からはマラドーナと供にボカにて活躍する。1999年より当時セリエBにあった古巣アタランタへ復帰した後00/01シーズンよりスコットランドリーグのダンディーへ。ここで20試合出場7得点という活躍を見せると2001年より強豪レンジャーズへ加入、02/03シーズンのリーグ制覇に貢献した後、キャリアの最後をカタールリーグにて過ごした。

クラブレベルでの名声は今一つであるが、代表では素晴らしい存在を示しマラドーナと共に絶大な人気を誇った。1987年南米選手権で彗星のごとく現れると1990年ワールド杯では準優勝に貢献、ブラジル戦で決勝点を決めれば、続く準決勝地元イタリア戦でも貴重な同点弾を挙げPK戦の勝利に貢献した。決勝戦、累積警告によりカニージャの出場停止がなければこの大会の優勝はアルゼンチンが制していたのかもしれない。1994年ワールド杯でもナイジェリア戦での2得点などの活躍を見せるがマラドーナのドーピング事件の余波、自身も予選リーグブルガリア戦での左親指痛再発と不運が重なり決勝トーナメント1回戦にて姿を消した。その後1998年ワールド杯南米予選を最後に代表から遠のくが、01/02シーズンのレンジャースでの活躍が認められ2002年2月13日ウェールズとの親善試合にて代表復帰を果たすと2002年ワールド杯メンバーにも選出された。しかし、迎えた本大会では1試合の出場もならない所か主審に罵声を浴びせ退場を命じられると言う、何とも最悪の経験をしてしまう。全盛期が華々しかっただけに、惜しまれる最後となった。

(02/02/25 Created)(05/02/21 Last updated)
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