Antonio CASSANO

アントニオ・カッサーノ

アントニオ・カッサーノのフォト
 フルネームアントニオ・カッサーノ
 国籍イタリア
 生年月日1982年7月12日
 出身地バリ
 ポジションFW・MF
 身長・体重175cm・73kg
 個人タイトルなし
 ワールド杯なし
所属クラブ
1998-01バリ
2001-06ローマ
2005-07レアル・マドリード(スペイン)
2007-サンプドリア

抜群のスピードとテクニックを誇るイタリア次代のファンタジスタ。パスセンス、ゴールセンスにも優れ、底知れぬポテンシャルは今だ成長中にある。その性格が災いし時折トラブルメーカーとなる事でも知られ厳格な事で知られる指揮官カペッロもローマ時代に手をやく存在であった。

アントニオ・カッサーノは南イタリアのけっして環境が良いとは言えないバリの下町で生まれ育つ。12才でバリの育成機関へ入り本格的にサッカーを始め、自身の最大のアイドルはASローマのF・トッティであった。やがてトップ昇格を果たし99/00シーズン12月18日インテル戦にて弱冠17才でのセリエAデビュー、更にこの試合後半42分に決勝弾をも記録し人々を驚かせたのである。そしてこのシーズンの残り試合すべてに出場、結果的に得点は3得点に終わったが、その記録よりも印象に残る記憶を残したシーズンとなった。翌シーズン、残念ながらチームはB降格、国内はもとより海外ビッグクラブから数多くのオファーが殺到し、10代としては破格の30億、40億円ともいわれる移籍金によってローマへ引き抜かれる。自身のアイドルであるトッティと共にプレーする事で、その才能は更に開花、人を戸惑わせる性格は変わらず練習を無断で休むなど指揮官であるカペッロも頭を悩ませる存在であったものの、その才能を認めるカペッロの信頼もあり着実に成長を遂げていった。しかし、ようやく慣れ親しんだ監督がチームを離れ05/06シーズンより新指揮官となったスパレッティの元では出場機会にも恵まれずレアル・マドリードへと活躍の場を移す事となるが、スペインでは明らかなコンディション不足を露呈しファンを納得させるプレーは出来なかった。06/07シーズン恩師カペッロが新監督に就任、完全復活が期待されたが思うような活躍は出来ず翌07/08シーズンより母国復帰となった。

イタリアUー18代表当時、2000年にポルトガルで行われた大会では最優秀選手に選出、その後Uー21代表としても活躍するがジェンティーレ監督とトラブルを起こすなど、ここでも問題児として本領を発揮しUー21代表を外される。しかし、その後クラブにて見せる高いパフォーマンスはフル代表指揮官であるトラパットーニ監督も認める所となり2003年11月12日ポーランドとの親善試合でデビュー、更にこの試合でゴールを記録し、いずれはイタリア代表を担うとされる才能を発揮させた。翌年欧州選手権ではメンバーに選出され全試合に出場、グループリーグで敗退するチームの中で1人気を吐き2得点を記録している。残念ながら、その後監督に就任したリッピの元では重要視されず2006年メンバーからも外れたが、コンディションさえ戻れば世界有数のプレーヤーとなれる逸材であり、今後の代表復帰も期待されるのだが・・。

(01/03/15 Created)(07/12/20 Last updated)
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