Jackie CHARLTON
ジャッキー・チャールトン | ||||||||||||||||||
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世界有数のストライカーとしてイングランド代表を牽引したボビー・チャ−ルトンの実兄で知られるが、華やかなポジションでズバ抜けた存在感を示した弟とは対照的なディフェンダーであったため、その存在が脚光を浴びる事は少ない。しかし、その実力は弟にも劣らぬ能力を持ち、強さ、高さに加え得点能力までも兼ね備えていた。また妥協を許さぬハードなマークで抜群の存在感を誇りクラブレベルでの兄弟対決はジャッキーの方が勝っていたとまで語られてる。 15才の時、当時2部リーグにあったリーズ・ユナイテッドからの誘いを受け、この時は断る事となったが、その2年後1952年17才の時にプロ契約を果たす。翌年4月にデビューを果たし54/55シーズンより不動の地位を確立させると55/56シーズン、リーグ2位を勝ち取りトップリーグ昇格に貢献した。その後60/61シーズンに再び2部リーグへ降格するも63/64シーズンに2部リーグ優勝を果たしトップリーグに復帰、以後大躍進を遂げるクラブの守備の要として絶大な存在感を示す事となる。再昇格1年目となる64/65シーズンFAカップにて決勝進出、リバプールに1ー2で敗れ66/67シーズンUEFAカップの前身であるフェアーズ・カップでも準優勝に終わり、タイトルに見放されたかと思われたが、67/68シーズンのリーグカップにてアーセナルを敗り初タイトル獲得、更にこのシーズンのフェアーズ・カップでは2年連続の決勝進出を果たし見事その栄冠を手中にする。翌年には祈願のトップリーグ制覇、71/72シーズンにはFAカップ優勝、まさにクラブの最強時代になくてはならない存在であり、1967年にはリーグ最優秀選手にも選出されている。 イングランド代表としては遅咲きで30才を前に代表デビューを果たす。それでも1966年母国開催となったワールド杯では全試合に出場し優勝に貢献、35才で迎えた1970年ワールド杯にもメンバーに選出され出場を果たしている。(代表通算35試合6得点。) 72/73シーズンを最後に通算629(628説有り)試合出場のクラブレコードを残してユニフォームを脱ぐ事となったが、彼の伝説はこれだけに終わらない。翌シーズンより監督として就任したミドルスブラを2部リーグ優勝に導き最優秀監督に選出、1977年より指揮をとったS・ウェンズディの2部昇格にも貢献した。そして1986年よりアイルランド初の外国人代表監督に就任すると、イングランド国内に埋もれる逸材を次々と発掘、弱小チームに過ぎなかったアイルランド代表を2度のワールド杯に導き好成績を収めたのである。アイルランド国内において最も愛されるイングランド人となったのは言うまでもない。 (03/11/14 Created)Presented by SHOW football Island | ||||||||||||||||||