Ernesto CHEVANTON
エルネスト・チェバントン | ||||||||||||||||||
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その圧倒的なスピードを活かした突破力は圧巻、自らの突破、2列目からの飛び出しにおいて一瞬で相手を置き去りにしてしまう瞬発力は最大の武器。また、FWに最も必要とされる決定力にも優れ、右足から繰り出すシュートは強烈でいて正確、FKにも威力を発揮するウルグアイ代表ストライカー。 母国ウルグアイ名門ダヌービオにてキャリアをスタートさせ17才でトップデビューを果たす。その才能が開花したのは母国2000年シーズン。33得点とゴールを量産し得点王を獲得すると翌年にもシーズン途中までで16試合14得点を挙げる。この逸材に目をつけたセリエAチーム、レッチェによって欧州デビューのチャンスを掴み01/02シーズン開幕となった2001年8月26日パルマ戦にてセリエAデビューを飾った。そしてこの試合開始早々にパルマ守護神フレイの隙をついて先制弾をマーク、(この試合は日本代表中田英寿のパルマでのデビュー戦であった事もあり多くの方が試合を見ていたと思われるが・・。)以後エースとして君臨する。このシーズン通算11得点を挙げビッグクラブも注目する存在となったがチームがB降格した事からクラブに残留する事を決意しセリエBにて1年間プレー、ここでも15得点を挙げ1年でのセリエA復帰に大きく貢献してみせた。自身2度目の挑戦となったセリエAの舞台、序盤戦でチームはつまずき降格ラインに低迷する中孤軍奮闘、4試合連続ゴール(内FK3本)等の活躍を見せるなど、終わってみればクラブレコードとなる通算19得点を記録、クラブのA残留になくてはならない存在であった。このシーズン終了後、各国ビッグクラブが獲得に動き、04/05シーズンよりフランス強豪モナコにてプレー、怪我の影響もありレッチェ時代に見せた驚きはなかったもののそれでも2シーズン在籍し各10得点挙げている所はさすがと言えるだろう。 1999年ワールドユースにてベスト4進出に貢献、準決勝となった日本戦では得点も挙げたが、その後永井にゴールを許し敗退している。2001年7月13日、コパアメリカ大会ボリビア戦にてフル代表デビューしここでも決勝弾を挙げるなど活躍。しかし、2002年ワールド杯南米予選で4試合に出場しながら本大会メンバーに選出されず、その後主力となってチームを牽引するも母国を2006年ワールド杯出場に導く事が出来ず、その夢は2010年へと持ち越されている。 (04/02/27 Created)(06/08/03 Last updated)Presented by SHOW football Island | ||||||||||||||||||