Enrico CHIESA
エンリコ・キエーザ | ||||||||||||||||||||||||||
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ゴールへの執念は人一倍で強引な体勢からでも果敢にゴールを狙う。テクニックはもとより、そのポジショニングも素晴らしく、90年代から現在までセリエAを代表するFWの1人である事は言うまでもない。また、あのブッフォンにして「最も恐いストライカー」とまで言わしめたのは有名な話である。 1989年4月16日ローマ戦においてセリエAデビュー、その後は出場機会に恵まれず各チームを渡り歩くが、94/95シーズン、クレモネーゼにおいて14得点を挙げた事が認められサンプドリアへ復帰、翌95/96ーズンには期待に応える27試合22得点を叩き出した。この活躍が認められ1996年5月29日ベルギー戦にて代表デビュー、この試合で同点弾となる代表初得点も記録している。96/97シーズンには当時ビエリ、R・バッジョに次ぐ3位の移籍金17億円でパルマに移籍し、在籍3シーズンで33得点をマーク、98/99シーズンにはUEFAカップ、コパイタリアの2冠を達成させ、1998年ワールド杯では2試合に出場を果たした。99/00シーズンからはフィオレンティーナに移り、移籍2年目には22得点を記録しバティの抜けた穴を十分過ぎる程の活躍で埋め、キエーザのキャリアにおいて第2のピークを迎えようとしていた矢先、キエーザを不運が襲う。 01/02シーズン、チームが低迷する中、5試合5得点と孤軍奮闘、セリエA通算100得点に到達する活躍を見せ、イタリア代表にも復帰する事が決まっていたが、9月30日ベネチア戦にてシーズン絶望とまで言われる大怪我を負ってしまう。それは2002年W杯出場にも影響を及ぼす程の怪我であり本大会メンバーに選出される事もなかった・・。クラブもキエーザの離脱した穴を埋められずB降格を屈する事となりその存在の重要性が改めて浮き彫りとなった。 シーズン終了後にラツィオへ加入、ここでは以前の輝きを放つ事はなかったが、03/04シーズン当時シエナを指揮したパパドロフのラブコールを受け、シエナへ加入、セリエA昇格組かつ田舎の弱小チームへの移籍はキエーザにとってスクデットや欧州カップを諦めるものであったが、有能なパサーが少ないにも関わらず3シーズン連続で2桁得点を記録しチームを残留に導くと言う完全復活を遂げたのである。あの怪我から、シエナへ移籍した際、いったいどれくらいの人が、この復活劇を信じていただろうか・・。少なくとも私は「キエーザは終わってしまう」と感じた1人であり、今さらながらキエーザの素晴らしさに感服する所である。 (01/04/26 Created)(06/08/26 Last updated)Presented by SHOW football Island | ||||||||||||||||||||||||||