CICINHO

シシーニョ

シシーニョのフォト
 フルネームシセロ・ジョアン・デ・セザーレ
 国籍ブラジル
 生年月日1980年6月24日
 出身地プラドポリス
 ポジションDF・MF
 身長・体重172cm・68kg
 個人タイトルなし
 ワールド杯2006年ベスト8
所属クラブ
1999-00ボタフォゴFC
2001アトレティコ・ミネイロ
2002ボタフォゴFR
2002-03アトレティコ・ミネイロ
2004-05サンパウロFC
2005-07レアル・マドリード(スペイン)
2007-ローマ(イタリア)

スピードとテクニックを活かしたオーバーラップ、そこから繰り出されるクロスの精度共に世界有数の実力を誇るブラジル代表右サイドバック。衰え知らずのカフーの後継者として名高いが、基本的に攻撃的ポジションならどこでもプレー出来るユーティリティ性を兼ね備える。

サンパウロ州プラドポリスに生まれたシシーニョは、けして裕福とは言えない生活ながら両親の豊かな愛情に恵まれて育ち、地元の少年クラブでサッカーを始める。1996年にボタフォゴFCの育成機関に入り頭角を表すと1999年にトップ昇格を果たしプロデビューを飾るが、思うような出場機会に恵まれずアトレティコ・ミネイロへ移籍、ここで序所に出場機会を増やし2001シーズン第14節ゴイアス戦にて初得点も記録するなど成長を見せた。2002年にレンタルで移籍したボタフォゴFR(キャリアスタートとなったボタフォゴとは別のクラブ)からの復帰後は不動の地位を確立、この急成長に目をつけた名門サンパウロFCによって引き抜かれ、その能力はここで本格的に目覚める事となる。

サンパウロFC加入シーズンに43試合に出場すると通算9得点18アシストの活躍で瞬く間にチームのアイドルとなり、プラカール誌のベスト11にも選出、翌年にはセレソンに呼ばれるようになった事で出場数は減ったものの、州選手権、リベルタドーレス杯、そして日本で開催された世界クラブ選手権のタイトルを手に入れたのである。これを置き土産に欧州へ渡り強豪レアル・マドリードへ加入、2006年1月8日ビジャレアル戦にてリーガデビューを果たすとシーズン途中加入ながら攻撃陣を活性化させ改めて能力の高さを証明している。06/07シーズンにリーグ優勝のタイトルを手中にしたが自身はシーズン序盤の怪我によりわずか7試合の出場に終わり、シーズン終了後セリエAへと活躍の場を移している。

シシーニョの代表デビューはブラジル代表英雄ロマーリオの引退試合となった2005年4月27日グアテラマ戦。その後開催されたコンフェデレーションズカップにて全試合に出場しパレイラ監督の信頼を勝ち取り2006年W杯メンバーにも選出、本大会では2試合に出場し貴重な経験を手に入れた。新指揮官となったドゥンガ監督の元でもメンバーに選出されたのは言うまでもなく、怪我の影響させなければ今後も代表において重要な役割を担っていくものと思われる。

(06/08/8 Created)(08/02/17 Last updated)
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