Ray CLEMENCE
レイ・クレメンス | ||||||||||||||||||
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抜群のポジショニングと反応力で世界有数の守護神として君臨した元イングランド代表守護神がレイ・クレメンスである。クラブレベルでは数々の栄冠を手に入れ、代表では偉大なるピーター・シルトンと熾烈なポジション争いを演じた名手であった。 レイ・クレメンスはイングランド東部リンカンシャーのリゾート地で知られるスケグネスで生まれ、3部リーグにあったスカンソープにてキャリアをスタート。1966年、チームの若返りを進める名将ビル・シャンクリーによって見い出され1万8千ポンドでリバプール入り、当時はトミー・ローレンスという守護神がいたため数年間はリザーブメンバーとして過ごすが、1969年9月16日フェアーズカップ、ダンド−ク戦にてトップデビューを果たすと翌年1月31日ノッティンガム・フォレスト戦にてリーグデビュー、以後断固たる地位を築きリバプール黄金期にあって通算666試合に出場する。72/73シーズン、41試合に出場し自身にとって初となるリーグ優勝に貢献すると同シーズン、クラブにとって初となる欧州カップUEFAカップ優勝に貢献、ボルシアMGとの決勝2ndLegでは相手の重要なPKをセーブしこの結果1stLegと合わせ3ー2で優勝を飾っている。このシーズンより黄金期を迎え3度のチャンピオンズ・リ−グ5度のリーグ優勝等数々のタイトルを手にするが、圧巻は78/79シーズンに42試合に出場し樹立したリーグ最少失点記録となる16失点、この記録は今尚破られていない。その後80/81シーズンに加入した若い南アフリカの名手B・グロベラーにポジションを譲る格好でトッテナムへ移籍したがここでもUEFAカップとFAカップのタイトルに多大なる貢献を見せた。トッテナム移籍後初めてリバプールのホームアンフィールドで行われた試合では熱狂的で知られるリバプールファンにスタンディングオベーションで迎えられたがこの感動的なシーンは自身にとって何よりも幸福な時間だったに違いないだろう。 フル代表デビューは1972年11月15日ウェールズ戦。その後もW杯欧州予選等重要な試合でゴールを守り、通算61試合のキャップ数を記録したが、自身にとって最も不運であったのは、同世代に守護神P・シルトンが存在した事であろう。常にライバル関係であったシルトンのキャップ数はイングランド代表最多となる125試合を記録しているが、もしシルトンがいなければ間違いなく今後破られる事のない偉大なキャップ数を刻んでいたに違いない。 余談だが、現在バーミンガムで活躍するステファン・クレメンスは実子 (05/05/12 Created)Presented by SHOW football Island | ||||||||||||||||||