Antonio CONTE

アントニオ・コンテ

アントニオ・コンテのフォト
 フルネームアントニオ・コンテ
 国籍イタリア
 生年月日1969年7月31日
 出身地レッチェ
 ポジションMF
 身長・体重178cm・73kg
 個人タイトルなし
 ワールド杯1994年準優勝
所属クラブ
1985-91レッチェ
1991-04ユベントス

名門ユベントスにて長年に渡りチームリーダーとして活躍、けして派手さはないが、豊富な経験と抜群の勝負強さによってチームを支え、引退後も人々の記憶に深く残るプレーヤーの1人である。

アントニオ・コンテのセリエAデビューは1986年4月6日のピサ戦。ここでの活躍から91/92シーズン途中、幼少の頃からの夢でもあったユベントスへ加入、以後10年以上に渡りチームの旗頭として活躍し通算5度のリーグ優勝、95/96シーズンにはチャンピオンズ・リーグのタイトル獲得に大きく貢献する。1996年のトヨタカップは故障にて来日する事が出来なかったため「東京へ行って勝ちたい」がコンテの口癖であった。キャリアの終盤は右ヒザの故障から左足一本でのプレーを余儀無くされながら随所に素晴らしいプレーを見せて、チームにとって不可欠な選手である事を証明した。01/02シーズンはリッピ監督との確執から退団確実と見られていたが残留、怪我で出遅れたものの復帰後は素晴らしい存在感を見せてスクデット獲得に貢献し、翌シーズンにも連覇を果たしている。

イタリア代表としてのデビューは1994年5月27日フィンランド戦。同年ワールド杯ではメンバーに選出され準優勝に貢献した。その後怪我などの問題から代表を離れるが2000年欧州選手権で復帰し、トルコ戦ではこの大会イタリア初得点となるスーパーボレーシュートも記録した。(この得点は故郷レッチェにて交通事故を起こし昏睡状態にある少年に捧げられている。)しかし、準々決勝ルーマニア戦において悪質なファウルを受け負傷、これによってコンテの欧州選手権、そして代表キャリアに幕を閉じたのは残念な所であった。コンテのような選手が決勝の舞台に立っていればフランスの逆転優勝はなかったのかもしれない・・・。代表通算20試合2得点。

(02/02/06 Created)(05/07/08 Last updated)
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