Bernardo CORRADI
ベルナルド・コッラーディ | ||||||||||||||||||||||||||||
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強靱かつ柔軟な身体を持ちポストプレーはもちろん高さあるヘディングやアクロバティックなシュートでファンを魅了し闘争心も旺盛。01/02シーズンミラクルキエーヴォ原動力の1人であり、瞬く間に欧州を代表するストライカーへと成長を遂げた。 ベルナルド・コッラーディはトスカーナ州シエナで生まれシエナのユースチームにて育成されると18才で地元C2クラブ、ポッジボンシに入団する。その後着実に成長を遂げ1997年にはセリエBカリアリへ引き抜かれるが、若かったコッラーディには多くのチャンスが与えられず2試合に出場しただけで再び下部リーグへ放出される。その後98/99シーズンに加入したフィデリス・アンドリアにて31試合8得点の活躍を見せセリエAへ昇格したカリアリへ復帰、1999年8月30日ラツィオ戦にて祈願のセリエAデビューを果たした。しかし、20試合に出場したものの1得点を挙げられないままこのシーズンチームはB降格、コッラーディ自身はチームを離れセリエBキエーヴォへ加入する。ここでデルネッリ監督の元、すぐに不動の地位を確立すると36試合12得点の活躍を見せクラブ祈願のセリエA初昇格に貢献、更に01/02シーズン第2節ボローニャ戦にてセリエA初得点を記録するとその後も得点を重ね通算10得点を挙げて誰もが想像すらしなかったセリエA5位躍進の原動力となって見せた。この活躍からシーズン終了後、インテルに引き抜かれるがインテルの一員として出場したのはチャンピオンズ・リーグ予選スポルティング・リスボン戦(8月26日)の1試合のみ。インテルは移籍市場が閉まる直前、ロナウドの代役としてクレスポを引き抜くためコッラーディ+移籍金でラツィオに譲渡したのである。ラツィオには2シーズン在籍、両シーズンとも10得点を挙げる活躍を見せたが03/04シーズン終了後、チームの財政難からスペイン強豪バレンシアへ移籍する事となった。残念ながらスペインでは結果を残す事は出来ず低迷するチームの戦犯に挙げられる不運を経験したが、05/06シーズンより復帰したセリエAパルマでは持前の能力を発揮し通算10得点を挙げた。06/07シーズンよりイングランドへ活躍の場を移す事が決定している。 2002年2月12日に行われたポルトガルとの親善試合にて代表デビューを果たし、この試合で代表初ゴールとなる決勝弾も記録、2004年欧州選手権メンバーにも選出され1試合に出場を果たした。スペインリーグへ移籍した後は調子を落とし、2004年9月以来代表出場はないが、パルマでのパフォーマンスを見る限り今後代表復帰の可能性は否定出来ないだろう。 (03/03/17 Created)(06/09/06 Last updated)Presented by SHOW football Island | ||||||||||||||||||||||||||||