JORGE COSTA

ジョルジ・コスタ

ジョルジ・コスタのフォト
 フルネームジョルジ・パウロ・コスタ・
アルメイダ
 国籍ポルトガル
 生年月日1971年10月14日
 出身地ポルト
 ポジションDF
 身長・体重188cm・86kg
 個人タイトルなし
 ワールド杯2002年グループリーグ敗退
所属クラブ
1990-91ペナフィエル
1991-92マリティモ
1992-02ポルト
2001-02チャールトン・アスレティック(イングランド)
2002-06ポルト
2005-06スタンダール・リエージュ(ベルギー)

マンマークに優れ常に安定したプレーを見せた元ポルトガル代表DF。キャリアの終盤、年齢によるスピード不足を指摘されるも、豊富な経験と統率力によって存在感を示し03/04シーズンには主将としてビッグイヤーを掲げている。

フンチャル、マリティモへレンタル加入し経験を積んだ後FCポルトへ復帰。ポルトでのデビューシーズンとなった92/93シーズン、少ない出場ながらリーグ優勝を経験、翌シーズンより主力として活躍し94/95シーズンからのリーグ5連覇等、数多くのタイトルを獲得、この間バルセロナ等のクラブから誘いを受けるも移籍せずポルト黄金期に多大なる貢献をした。その後当時ポルトの指揮官であったマチャド監督との関係が悪化し交代を命じられた際キャプテンマークを叩き付けるなどの暴挙に出た末プレミアリーグ、チャ−ルトンへ放出されている。しかし、ここでも高い能力が健在である事を証明、その後ポルト監督に就任したモウリーニョによって呼び戻され、再びキャプテンとして復帰すると02/03シーズンリーグでの覇権奪回、国内カップ優勝、更にはポルトガルクラブ初となるUEFAカップ制覇も成し遂げる事に成功した。これがジョルジ・コスタ自身キャリアにとって最高のピークかと思われたが翌03/04シーズンには大方の予想を覆しチャンピオンズ・リーグ制覇を達成、ついに欧州の頂点にまで上りつめたのである。その後05/06シーズンより監督に就任したコ・アドリアーンセの元で構想から外れシーズン途中、セルジオ・コンセイソンのプレーするスタンダールへ移籍、このシーズンをもって現役引退を表明した。

1991年、母国開催となったワールドユース大会にて優勝に貢献、大会を通じてわずか1失点に抑え、ディフェンスの中心であったジェルジ・コスタは脚光を浴びる事となり、翌1992年11月11日ブルガリア戦にてフル代表デビューを飾り、その後はF・コウトとの強力なコンビで活躍する。2000年欧州選手権では全試合に出場しベスト4進出に貢献したが自身にとって初出場となった2002年W杯では初戦アメリカ戦でオウンゴールを献上するなど、普段では想像出来ないパフォーマンスに終始、その後は安定したプレーを見せたが、自身代表50キャップ目となった予選リーグ最終韓国戦にて敗れ、不本意なままに帰国、この試合が自身にとって最後の代表キャップとなったのは残念であった。代表通算50試合2得点。

(04/04/07 Created)(06/10/08 Last updated)
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