Jordi CRUIJFF

ジョルディ・クライフ

ジョルディ・クライフのフォト
 フルネームヨハン・ジョルディ・クライフ
 国籍オランダ
 生年月日1974年2月9日
 出身地アムステルダム
 ポジションMF・FW
 身長・体重176cm・67kg
 個人タイトルなし
 ワールド杯なし
所属クラブ
1993-96バルセロナ(スペイン)
1996-98マンチェスター・ユナイテッド(イングランド)
1998-99セルタ・デ・ヴィーゴ(スペイン)
1999-00マンチェスター・ユナイテッド(イングランド)
2000-03アラヴェス(スペイン)
2003-04エスパニョール(スペイン)
2006-メタルルグ・ドネツク(ウクライナ)

元オランダ代表スーパースター、ヨハン・クライフを父親に持ち、父親譲りのテクニックに加えヘディングにも強さを見せる元オランダ代表MF。センターフォワードからトップ下、ウィングと攻撃的ポジションならどこでもプレー出来るユーティリティ性も兼ね備える。

バルセロナの下部組織で育ち、父親がチーム監督時代の1994年9月4日R・ヒホン戦にてリーガデビュー、その後、父親がバルセロナを追放された事によって自らもプレミアリーグへ活躍の場所を移す。マンチェスター・Uへ加入した96/97シーズン第2節、エバートン戦で初得点を記録すれば続くブラックバーン戦でも得点を記録、今後に大きな期待を抱かせたが、その後は怪我などの影響により活躍するのは至らなかった。しかし00/01シーズンより加入したアラヴェスにてマネ監督の元トップフォームを取り戻し攻撃の要として活躍、このシーズンのUEFAカップ決勝リバプール戦にて歴史に残る名試合を演じて見せた。02/03シーズンは怪我などの影響から不本意なシーズンとなりチームも2部降格、非常に残念な結果に終わった。自身はこのシーズンをもって契約満了、新シーズンをエスパニョールで過ごす事となるが1年で退団、その後は名前すら聞く事もなく引退も囁かれたが2006年に入りウクライナリーグで復帰を果たしている。

父親と同じサッカーセンスを持ち、スペイン国籍も持っていたが父親と同じオランダ代表の道を選ぶ。しかし父親が偉大過ぎただけに周囲の期待も過大となり、その結果、その実力を発揮出来ないでいたのも事実。1996年の欧州選手権を最後に代表召集は見送られ続け2002年W杯欧州予選ではファン・ハール監督が指揮していた事も重なって、選手としてのピークにありながら、その実力を試す場所さえ与えられていない。(ファン・ハールとヨハン・クライフは不仲)

(02/07/10 Created)(07/02/03 Last updated)
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