Andres D'ALESSANDRO
アンドレス・ダレッサンドロ | ||||||||||||||||||
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アルゼンチン若手にはマラドーナの後継者と期待される選手が多く存在するが、彼もまたその1人であり、マラドーナ本人からも後継者に指名されている逸材。足の裏を使った独自のボールキープ、暖急を交えたドリブル、パスセンスにも抜群の能力を見せるアルゼンチン屈指のレフティである。 元々地元アルゼンチンでは若くして注目を浴びる存在であったがその名が一躍世界へ広まったのは地元開催となったワールドユース。初戦フィンランド戦にて後半15分に途中出場を果たすとその数分後に貴重な追加点を記録、その後も質の高いプレーを見せ途中出場を含む全7試合に出場し優勝に大きく貢献した。クラブチームでもレギュラーとして活躍、01/02前期リーグでは優勝こそ逃したがエル・パイース紙の選出する2001年南米ベスト11に選出、続く後期リーグではキャプテンとして見事優勝の栄冠を手に入れて見せた。(このシーズン、ラモン・ディアス監督の指揮官としての通算400メモリアルゴールを直接フリーキックで記録している) ミラン、インテル、ユベントスのセリエ北のビッグ3を始めマンチェスター・U、リーズのプレミアクラブが獲得に乗り出すが2003年7月まではリーヴェルで「10番」を付けてプレーした後03/04シーズンよりドイツ、ヴォルフスブルクへ電撃移籍、2003年8月2日ボーフム戦にて欧州デビューを果たし勝利に貢献した。その後も素晴らしいパフォーマンスで多くのアシストを記録、その実力の程を知らしめたが、チームの成績が今一つであったのは残念であった。05/06シーズン途中より低迷するポーツマスへ移籍、加入当初はプレミアサッカーにフィットせず戸惑う場面も多々見られたが試合を重ねる事にこれを克服し、奇跡のプレミア残留に貢献している。06/07シーズンよりアイマールと共にレアル・サラゴサへ移籍、自身の夢であったリーガの舞台で本格化する事に期待したい。 フル代表デビューは2003年2月メキシコ戦。2004年南米選手権準優勝メンバーとなると同年アテネ五輪金メダルに大きく貢献、更に2006年W杯南米予選では8試合に出場し本大会出場に貢献し若いながらその地位を確立させつつあったが、豊富な中盤の揃う代表の中においてW杯メンバーからは漏れてしまったのは残念な所、2010年W杯では是非主役となって活躍して欲しい所である。 (02/02/18 Created)(06/08/07 Last updated)Presented by SHOW football Island | ||||||||||||||||||