Daniele DE ROSSI
ダニエレ・デ・ロッシ | ||||||||||||||||||
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10代の頃からベテラン並みの判断力を備え、背筋を伸ばしてプレーする姿から分かる通り抜群の視野の広さをも合わせ持つ。左右どちらの足からでも素晴らしいパスを供給する事が出来るのも持味でありすでにトッティの後継者筆頭として認知されている。 ダニエレ・デ・ロッシはローマ近郊のオスティア出身。サッカープレーヤーであった父親の影響もありデ・ロッシ自身も熱狂的なロマニスタとして過ごす。その後ローマの下部組織へ加入、当初攻撃的MFとしてプレーしていたが、その後ボランチへ転向する。00/01シーズン、トップ昇格を果たし出場機会には恵まれずとも世界有数のボランチであるエメルソンや、その後チームに加わる事となる元スペイン代表名手グァルディオラ、そして現役時代名ボランチとして名高いカペッロ監督の元で、飛躍的な成長を遂げる事になり02/03シーズン第18節1月25日コモ戦にてセリエAデビューを果たした。その後しばらくは出場機会に恵まれなかったが、シーズン終盤第31節レッジーナ戦にて再びピッチに立つと、自身3戦目となったトリノ戦、そして4戦目となったアタランタ戦にて得点を記録、その存在は脚光を浴びる事となり、トッティ以来ローマ生え抜きの新たなるスターが誕生した瞬間でもあった。 03/04シーズン、その才能を慎重に育成する元ローマ指揮官カペッロ監督やクラブフロントの意向もありレギュラーポジションを獲得するまでには至らなかったがそれでも通算17試合に出場、際立った存在感を示し、イタリア最大のスポーツ紙であるガゼッタ・デロ・スポルト評価点も常に高いものとなった。04/05シーズン以降は期待通りレギュラーポジションを獲得し今やトッティに代わる新しいローマのシンボル的存在として地位を確立させつつある。 デ・ロッシの代表キャリアもエリート街道邁進と言えるだろう。2003年9月5日ウェールズ戦においてイタリアUー21代表デビュー、以後レギュラーとして活躍、2004年5月開幕となったUー21欧州選手権にも主力として活躍し優勝に貢献、同年五輪にも出場を果たし高いパフォーマンスを見せた。この年イタリア代表新指揮官となったリッピの元、2004年9月4日W杯欧州予選ノルウェー戦にてスタメンデビューを果たすと貴重な同点弾までも記録、以降リッピ体制の元で中心となってプレーし2006年W杯メンバーにも選出された。 期待された2006年W杯、グループリーグ第2戦対アメリカにて相手FWマクブライトに悪質な肘打ちを見舞ってしまい一発退場、更に4試合の出場停止という厳しい処分を受けたため、この時点でデ・ロッシ初のW杯は終わったと言ってもいいだろう。決勝に勝ち上がったチームのお陰でこの大一番の決勝に途中出場、優勝メンバーにも名を列ねたが、この苦い経験を糧に次大会は本当の意味で自身の大会にしてくると信じておこう。 (03/12/10 Created)(06/09/12 Last updated)Presented by SHOW football Island | ||||||||||||||||||