DIDI
ジジ | ||||||||||||||||||||||||||
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キング・ペレ、そしてガリンシャ、この天才2人に決定的なパスを送り続け、その2人の名前を世界に知らしめた立役者がこのジジである。1958年W杯においてブラジルは当時、革命的な4ー2ー4のシステムを用いて優勝するが、この戦術を成功させたのも中盤での攻守の繋ぎを完璧なまでにこなしたジジがいたためと言われ、この大会、世界最高の選手と誰もが認める活躍をした。ボールコントロールは芸術的とも言えるテクニックを備え、FKに至っては「フォーリャ・セッカ(枯れ葉のように舞う)」とまで言われるほど鋭く落ち、数多くの得点を記録している。1959年レアル・マドリードに移籍、9月13日ベティス戦にてリーグデビューを飾り通算19試合に出場するが当時のレアルはディ・ステファノとプスカシュを擁する黄金時代。結局はチームに馴染む事が出来ず、帰国する。母国に戻ってからのジジは、その本来の力を十分に発揮、61年、62年とボタフォゴのタイトル2連覇に大きく貢献するなど、改めて能力の高さを証明している。 余談だが、彼のプロキャリアは意外にも謎・・、スペインから帰国後はボタフォゴをはじめとする各チームを渡り歩いているが、多くのデータサイトは異なった経歴を示している。当サイトに記載してあるペルーをはじめ、リバープレート(アルゼンチン)、フェネルバフチェ(トルコ)、他サウジアラビアやクウェートといった中東でもプレーしたと掲載されているサイトもありどれが真実かは本人にしか分からないが、そのテクニックだけは本物であったと記してあるため、その事実だけは間違いないようだ。経歴については、あくまでも参考材料として欲しい。 (01/04/25 Created)(06/9/11 Last updated)Presented by SHOW football Island | ||||||||||||||||||||||||||