Roberto DI MATTEO
ロベルト・ディ・マッテオ | ||||||||||||||||||
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豊富な運動量と戦況を見極める戦術眼、ボールコントロールにも優れ、イングランドにて成功を収めた数少ないイタリア人選手の1人。また、イングランドFAカップでの最速得点記録でも有名である。 イタリア人両親の元でスイスに生まれたロベルト・ディ・マッテオは18才で地元ローカルクラブ、シャフハイゼンとプロ契約を果たしトップデビュー、チューリッヒを経てアーウラに入団するとここでリーグ優勝に貢献、最優秀選手に選出される活躍がイタリアへ届きラツィオへ引き抜かれた。1993年8月29日フォジア戦にてセリエAデビュー、以後主力として素晴らしいプレーを見せたが、その後監督に就任したゼーマンとの確執から、母国イタリアでのプレーはわずか3シーズンで終演する事となる。放出時、怒ったラツィオファンがクラブに対し暴動まで起こして阻止しよとするほど愛されていただけに、ディ・マッテオにとっても不本意だったに違いないだろう。 当時チェルシーを率いたフリット監督のラブコールを受けクラブ史上最高額の約490万ポンド(約10億円)にて加入、1996年8月18日サウサンプトン戦にてプレミアデビューを果たした。翌週にはプレミア初得点も挙げファンの心を掴むとその後も移籍金に見合うだけの活躍を披露、このシーズンのFAカップでは決勝進出に貢献し1997年5月17日決勝の舞台では開始早々の43秒に約30メートルの強烈な右足ミドルを叩き込み優勝に貢献、このゴールはFAカップ史上最速ゴールとなり今尚伝説的ゴールとして語られている。99/00シーズンにも同大会決勝において後半27分に決勝弾を記録し1ー0の勝利に貢献、ディ・マッテオ自身2度目の優勝を経験するが、翌シーズンの2000年9月UEFAカップザンクト・ガレン戦にて相手DFインホフと衝突し左足を複雑骨折、リハビリに長い時間を費やしたが、その後復帰する事なく2002年2月に現役引退を発表、プレーはもとより人間的にも魅力ある愛すべきディ・マッテオの引退はチェルシー、そしてサッカー界をも落胆させるものであった。 イタリア代表としては1994年11月16日クロアチア戦、後半途中よりデビューを果たし、通算40試合に召集され内34試合に出場し2得点。1996年欧州選手権、1998年W杯にも出場している。 (05/06/05 Created)Presented by SHOW football Island | ||||||||||||||||||