David DI MICHELE
ダヴィド・ディ・ミケーレ | ||||||||||||||||||
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最大の武器であるスピードを活かしたドリブルは高いレベルにありペナルティーエリア内での動きも巧み、中村の在籍したレッジーナにて活躍した事で、日本でも高い知名度を得たが、決定力不足からけして高い評価を得られなかった。しかし、本調子時には左右両足から強烈で正確な得点を挙げる事が出来、04/05シーズンのウディネーゼにおいて、改めてその能力の高さを証明している。 ローマ近郊グイドーニアにて生まれたダヴィド・ディ・ミケーレは、多くの逸材が発掘される事で知られるセリエC1ロディジャーニにてプロデビューを果たす。ここで3シーズン経験を積み、当時セリエBにあったフォッジアに引き抜かれると主力として活躍、2シーズンを過ごし13ゴールを挙げたが97/98シーズンにチームはセリエC降格、これをきっかけにセリエAへ復帰を果たしたサレルニターナへ引き抜かれた。1998年9月12日ローマ戦にてセリエAデビューを果たすとディ・バイオとのコンビでファンを魅了、スランプに陥る時期も経験したがインテルとの試合ではホーム、アウェイ共に得点を記録し、その実力を証明している。結局チームはA残留を果たす事は出来なかったが、ディバイオの去った後のエースとして君臨、セリエBながら99/00シーズンに23得点、翌シーズンにも14得点と一気に得点能力を開花させ、インテルを始めユベントス、ローマ、更にはアーセナル等のビッグクラブからオファーを受ける程であった。その後レッジーナにてプレー、俊足を活かした突破で攻撃の要となるも決定力不足により大きな記録を残す事は出来なかったが04/05シーズンに復帰したウディネーゼにおいて完全復活を果たし第28節パレルモ戦では自身初となるハットトリックも達成、翌節には2得点とゴールを量産し、通算13得点でイアクィンタと並ぶチームトップスコアラーとなりチームのチャンピオンズ・リ−グ出場権獲得に最大の貢献をした。この活躍が認められ2005年3月30日アイスランドとの親善試合にて代表デビューまでも果たしている。しかし、翌05/06シーズンに新しく指揮官となったコズミ監督とは戦術面から構想から外れ、シーズン途中よりパレルモへ移籍している。 余談だが、2004年11月コパ・イタリア2回戦、レッチェとの試合において終了間際にチームメイトGKがペナルティーエリア内でファウルを犯し退場、すでに交代枠を使い切っていたためディミケレがGKを買って出るとこのPKを見事にセーブし5ー4の勝利に貢献している。 (03/04/19 Created)(06/09/13 Last updated)Presented by SHOW football Island | ||||||||||||||||||