Didier DROGBA
ディディエ・ドログバ | ||||||||||||||||||
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独自の嗅覚でゴールを量産するばかりか強靱な身体を活かしたポスト、キープ力にも優れた能力を発揮、母国コ−トジボワールのエースに止まらず世界屈指のストライカーとして脚光を浴びると2006年アフリカ年間最優秀選手にも輝いている。 5才まで母国で過ごしたディディエ・ドログバであったが、より良い教育環境を与えようと考えた父親によりフランスでサッカー選手をしていた叔父の元に預けられる。本来父親は学業に専念する事を望んだが、その考えとは裏腹に次第にサッカーにのめり込み、やがては学業を捨て当時2部リーグにあったル・マンにて本格的にプロキャリアをスタートさせた。98/99シーズンにプロデビューを果たし2試合に出場すると翌シーズンより主力として活躍、この活躍から01/02シーズン途中に1部リーグのギャンガンへ引き抜かれる。2002年1月30日メツ戦にてディビジョン1デビューを果たし11試合に出場、この時まではドログバの名は無名であったが、翌02/03シーズンに突如その能力を開花、左サイドのマルダと共に攻撃陣を牽引し、得点ランク3位となる17得点を挙げ昨季15位に低迷したチームを7位に押し上げる原動力となったのである。シーズン終了後名門マルセイユへ電撃移籍を果たし、ここでも抜群の存在感を見せて活躍、ドログバ自身初となる欧州カップ、チャンピオンズ・リーグではレアル・マドリード相手にゴールを記録し、更にパルチザン戦ではなんとハットトリックも達成、その名は世界中に知れ渡る事となった。チームはグループリーグで3位となりUEFAカップに回る事となったがここでもリバプールやインテルを相手に得点を挙げ、決勝進出に多大なる貢献をしている。残念ながら決勝バレンシア戦にて敗れたがフランスリーグでは昨季を上回る18得点を記録するなどその能力を発揮、フランス最優秀選手にも選出され、翌シーズンよりモウリーニョ新体制となったイングランド強豪チェルシーへ移籍する事となった。2004年8月15日マンチェスター・U戦にてプレミアデビュー、3戦目となるC・パレス戦にてプレミア初得点、その後も主力として高いパフォーマンスを披露し50シーズンぶりのリーグ優勝に大きく貢献すると翌シーズンにも連覇を達成している。 フランス育ちである事からフランス代表を選択する事も可能であったが、母国コートジボワール代表を選び2002年9月南アフリカ戦にてデビューを飾る。その後不動のエースとして君臨し2006年W杯アフリカ地区予選では予選最多の9ゴールを記録し母国を初のW杯に導いたのである。2006年アフリカ選手権でも3得点を挙げ準優勝に貢献、更に迎えたW杯本大会ではトゥーレ、ゾコラ等と共にチームを牽引し、グループリーグで敗退するチームの中でも各国から賞賛されている。 2007年3月に発表された2006年アフリカ最優秀選手賞を受賞、アフリカ選手権準優勝と06/07シーズンクラブにおいて公式戦28得点(2月末時点・国内リーグ、カップ、欧州カップ含)が認められての受賞となったが、これはカメルーン代表エトーの4年連続受賞を阻むと同時にコートジボワール人としては初の栄冠となった。 (04/05/08 Created)(07/03/02 Last updated)Presented by SHOW football Island | ||||||||||||||||||