DUNGA
ドゥンガ | ||||||||||||||||||||||
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ボランチとしての優れた技術は言うまでもなく、強烈なリーダーシップと精神力、プロフェッショナリズムを兼ね備え、今尚ブラジル歴代最高のキャプテンと賞賛される。 ドゥンガことカルロス・カエタノ・ブレドルン・ベーヒは地元リオ・グランデ・ド・スール州名門インテルナシオナルにてキャリアをスタート、80年代初頭の州選手権優勝などに貢献し評価を高める。その後国内強豪クラブを渡り歩き1987年にイタリアへ渡ると翌年には名門フィオレンティーナへ移籍、外国人ながらキャプテンとして絶大な存在感を示しタイトルには恵まれなかったが89/90シーズンにはUEFAカップファイナル進出の原動力となるなど闘志溢れるプレーでファンを魅了した。ドイツへ渡った後、1995年よりJリーグに参戦、中堅チームにあったジュビロ磐田を牽引し、選手等に徹底したプロ意識を吹き込む事で日本屈指といわれるチームの源を築き1997年にはJリーグ初優勝、自身も最優秀選手に選出されている。 代表デビューは1987年5月19日アルゼンチン戦。1989年コパアメリカにて自身初のタイトルを手中するが、翌年のワールド杯ではまさかのベスト16で敗退、当時監督であったラザローニと共に非難の集中砲火を浴び以後約2年以上もの間、代表に呼ばれる事はなかった。しかし、持前の精神力でこの逆境を乗り越え、その後代表復帰を果たすと1994年ワールド杯では大会中不調のライーに代わってキャプテンマークを付けリーダーとしてこれ以上ない働きを見せて母国にワールド杯をもたらしたのである。この大会ロマーリオが大会MVPならば、影のMVPがドゥンガであったのは誰もが認める所であろう。1998年大会では2連覇こそ逃したが、衰え知らずの活躍でチームを決勝に導いている。代表通算91試合6得点。 余談だが、サントス時代、後に日本のスーパースターとなるカズとチームメイト。後にカズは、ドゥンガと共に過ごした1年間が自身にとって最高の財産になったと語っている。2006年より若くして代表監督に就任したが、ドゥンガの強烈なリーダーシップによって、名だたるスターをまとめあげ、セレソンが今以上の強国となる事だろう。 (01/03/15 Created)(06/09/09 Last updated)Presented by SHOW football Island | ||||||||||||||||||||||