EDMUNDO
エヂムンド | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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ピッチ上はもとよりプライベートでもトラブルを起こして何かと問題児扱いされるがプレーに至っては「天才」と呼ぶに相応しい技術を擁し、その得点能力によって芸術とも言えるゴールを生む元ブラジル代表ストライカー。 エヂムンドことエヂムンド・アウヴェス・ジ・ソウザ・ネトは1987年にボタフォゴのアマチュアチームでプレーを始め1990年にバスコのユースチームに加入、1992年1月にデビューを果たす。デビューシーズンの後期に行われたリオ州選手権で優勝を果たし脚光を浴びると同年8月1日メキシコ戦にて代表デビューも果たした。1993年に名門パルメイラスへ引き抜かれるが、ここでも素晴らしい活躍を見せリオ=サンパウロカップ、サンパウロ選手権、カンピオナート・ブラジレイロなどのタイトル獲得に貢献、プラカール誌が選ぶベスト11にも選出された。その後フラメンゴ、コリンチャンスを経てバスコへ復帰、1997年のカンピオーネ・ブラジレイロにて1試合6得点の大会記録を達成すると同時に通算29得点を上げて歴代大会得点記録を塗り替え、自身2度目のプラカール誌ベスト11にも選出されている。この活躍もあって1998年よりセリエAフィオレンティーナへ移籍、素晴らしいテクニックで魅了しファンを喜ばせたが、その変わらぬ狂暴性と自己中心的プレーも目立ちタイトル獲得には至らなかった。00/01シーズン途中、A残留を目指すナポリの救世主として加入するもそれほど活躍するにも至らずチームはB降格、その後クルゼイロを経てJリーグへ参戦すると降格の危機にあったヴェルディにてズバ抜けた存在感を示しチームの中心として活躍し2003年に浦和レッズへ移籍する。エメルソンとのコンビが期待されたが、チームに適応出来ず、1試合の出場も果たさないまま退団、帰国の途についた。 その後も性格が災いしてか現在まで各チームを渡り歩く放浪癖は相変わらず・・この性格あっての天才であるが、世界に名を残すだけの能力を備えていただけに少し惜しいと感じるのは私だけではないだろう。代表通算37試合9得点。 (01/08/26 Created)(08/01/21 Last updated)Presented by SHOW football Island | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||