EDUARDO Da Silva

エドゥアルド・ダ・シルヴァ

エドゥアルドのフォト
 フルネームエドゥアルド・ダ・シルヴァ・
アルヴェス
 国籍クロアチア
 生年月日1983年2月25日
 出身地リオデジャネイロ(ブラジル)
 ポジションFW
 身長・体重177cm・72kg
 個人タイトルなし
 ワールド杯なし
所属クラブ
2000-01クロアチア・セスベッテ
2001-02ディナモ・ザグレブ
2002-03インケル・ザプレシッチ
2003-07ディナモ・ザグレブ
2007-アーセナル(イングランド)

スピードとゴールセンスに優れ、ブラジル人特有のテクニックも兼ね備える攻撃のスペシャリスト。ブラジル人であるが2004年にクロアチア国籍を取得しクロアチア代表として地位を確立させた。

ノヴァ・ケネディやバング・ACといったクラブのユースレベルで技術を磨き、ディナモ・ザグレブのスカウトに見い出され若くしてクロアチアへ渡る。ディナモ・ザグレブの姉妹チームである2部セスベッテで経験を積み01/02シーズンにディナモ・ザグレブへ戻されトップリーグデビューを飾った。怪我の影響もありわずかな出場機会に終わったが、翌シーズンレンタルで加入したインケルにて10得点を挙げる活躍を見せる。

03/04シーズンよりディナモ・ザグレブに戻ると、エドゥアルドの存在は日増しに脚光を浴びる事となる。03/04シーズン9得点、04/05シーズン10得点と着実にゴール数を増やすと翌05/06シーズンより2シーズン連続のアシスト王獲得、05/06シーズンにはリーグ2位となる18得点を記録すると06/07シーズンにはクロアチアリーグ歴代最多となる34得点を記録してみせた。主将としてチームを牽引したエドゥアルドの活躍がディナモをリーグ2連覇(05/06、06/07シーズン)に導いたのは言うまでもないだろう。

06/07シーズンのチャンピオンズ・リーグ予備選3回戦にてアーセナルを相手に得点を挙げた事でアーセナル指揮官ベンゲルの興味を引き、07/08シーズンよりアーセナルへの電撃移籍が決まった。2007年8月19日ブラックバーン戦にてプレミアデビュー、チームメイトの怪我等もあり序所に出場機会を増やし2007年12月18日リーグカップ戦から4試合連続して得点を記録するなどの活躍を見せると2008年2月のプレミア、マンチェスター・シティ戦で見せたビューティフルゴールはエドゥアルドのゴールセンスを証明するものであった。

プレミアリーグにて本領を発揮していたエドゥアルドに悲劇が襲ったのは2008年2月23日、プレミアリーグバーミンガム・シティ戦。開始早々相手ディフェンダーのタックルを受け左足骨折の重傷を負ってしまう。ピッチに倒れこむエドゥアルドの横で担荷を要請するセスクの顔色から想像以上の怪我であるのは見てとれる程であり英テレビ局はあまりの痛ましさにファウルシーンの放送は行わない事も決定させた。首位を走るアーセナルにとって大きな打撃となったのは言うまでもなく、この試合以降チームは勢いを失いリーグ優勝をマンチェスター・Uへ譲る事となった。

2004年にクロアチア国籍を取得すると同年11月16日アイルランド戦にてデビューを飾った。2006年ワールド杯では残念ながらメンバーから漏れたが、大会後に行われたイタリアとの親善試合で得点を挙げレギュラーとして地位を確立、2006年10月に行われた欧州選手権予選イングランド戦ではチームを勝利に導くゴールを記録すると同予選イスラエル戦ではハットトリックを達成、更にエストニア戦での決勝弾、ホーム開催となったイスラエル戦での決勝弾と勝負強さを見せてクロアチア代表の予選1位通過に多大なる貢献を見せた。また、2006年クロアチア最優秀選手にも選出されている。先にも述べた怪我が心配される所だが焦らず完治させ怪我以前のパフォーマンスでファンを喜ばせて欲しいと願うばかりである。

(08/02/10 Created)(08/05/25 Last updated)
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