Stefan EFFENBERG
シュテファン・エッフェンベルク | ||||||||||||||||||
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気性の荒さは並み大抵のものではなく、数々のトラブルをピッチ内外で起こしたが、そのサッカーセンス、芸術的なフリーキック、そしてその性格あっての強烈なキャプテンシーにより90年代ドイツを代表するスタープレーヤーとして地位を確立させた。 地元ブラムフェルダーやビクトリア・ハンブルクで育成されたシュテファン・エッフェンベルクはボルシアMG加入後の87/88シーズン第17節カイザースラウテルン戦にてブンデスリーガデビューを果たした。以後主力として活躍し94/95シーズンには国内カップ優勝に貢献、ここでの活躍から強豪バイエルンへ引き抜かれ主力として活躍するもタイトルに恵まれず、更に監督に暴行を加える事件を起こした他プライベートでも多くのトラブルを招きイタリアへ移籍させられてしまう。セリエA1年目にB降格を経験するが移籍する事なくバティストゥータ等と共にチームに残留し1年でのA復帰に貢献、その後古巣ボルシアMGへ戻った後自身2度目となったバイエルン在籍時には数々のタイトルに貢献、トラブルメーカー的性格は変わる事なかったがその性格がピッチの上でプラスに作用する時、絶大な存在感をもってチームをコントロールし、精神的支柱としての能力を発揮した。 98/99シーズンから00/01シーズンのリーグ3連覇、そしてチーム25年振りのチャンピオンズ・リーグ制覇は、エッフェンベルクなくして成し得なかったであろう。 ドイツ代表としては1991年6月5日ウェールズ戦にてデビュー、翌年に開催された欧州選手権での活躍によってスタープレーヤーとしての地位を確立させたが、エッフェンベルクにとって初のワールド杯(1994年)にて観客に中指を立てるという「非紳士的行動」を行い強制帰国されてしまう。これをきっかけに以後代表からの引退を表明、この事がその後の強国ドイツの低迷につながったのは言うまでもなく常に代表復帰を望む声は後を断たなかった。1998年に2試合にのみ復帰し代表キャップを35試合としたが代表での空白の4年間はドイツにとってもエッフェンベルクにとっても本来望むものではなかったであろう。 (01/08/08 Created)(06/04/18 Last updated)Presented by SHOW football Island | ||||||||||||||||||