Preben ELKJAER-LARSEN
プレベン・エルケーア・ラルセン | ||||||||||||||||||
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80年代半ば、その攻撃力から「ダニッシュ・ダイナマイト」の異名を持ったデンマーク代表において、攻撃の中心となったデンマーク史上最強のストライカー。ミカエル・ラウドルップとのコンビから繰り出される攻撃は強力であり、デンマーク代表は1984年の欧州選手権では準決勝進出、1986年ワールドカップでは大会初出場ながらベスト16入りを果たした。その屈強な体躯によるパワーある突進から強烈なシュートを放つさまから「バッファロー」の呼び名を持つ。 1957年9月11日、フレドリクスボアで生まれたエルケーアは、生まれ故郷にてサッカーを開始、1973年よりトップデビューを果たすと、1976年に加入したバンローズでの7得点を挙げる活躍が注目され18歳にして名将バイスバイラー率いる西ドイツの1FCケルンとプロ契約を結ぶ。しかしその気質が災いし、わずか9試合に出場、1得点を記録するに終わり翌シーズンには奥寺等、他外国人選手との争いに勝てず、シーズン途中にベルギーのロケレンへ移籍。その地にて才能を大きく開花させることとなる。ポーランド代表歴代最高FWと称されるルバンスキとのコンビによって数多くの得点を記録、在籍6シーズンすべてにおいて2桁得点を挙げ通算188試合98得点と活躍、主将を努めるまでに成長したのである。その活躍に目をつけたイタリアの地方クラブ、エラス・ヴェローナが彼の獲得を決定。この獲得がヴェローナに奇跡をもたらすこととなる。移籍初年度となった84/85シーズン、ヴェローナは開幕3連勝を果たし5節にはユベントスを2ー0と退けるとそこから勢いに乗り、開幕から引き分けを含む14試合負けなしと快進撃を続け、終わって見ればシーズン通算15勝13分2敗。2位のトリノに4ポイント差をつけ、ヴェローナにとってスクデットと言う大きすぎるタイトルをもたらしたのである。エルケーア自身もユベントス戦、ローマ戦とビッククラブとの試合で貴重な得点を記録、スクデットに大きく貢献した。 代表デビューは1977年6月22日のフィンランド戦。それまで国際舞台に縁の無かったデンマークだったが1984年の欧州選手権フランス大会に出場を果たすと初戦こそプラティニ擁するフランスに敗戦をきっするが、その後スペイン戦でPK戦の末破れるまで勝ち続け、準決勝進出と言う素晴らしい結果を残した。欧州選手権で勢いをつけたデンマークは1986年のワールド杯に初出場を果たす。初戦のスコットランド戦ではエルケーアの得点で1ー0でワールド杯初勝利を飾ると、続くウルグアイ戦では、エルケーアのハットトリックを含む大量6得点を記録。古豪ウルグアイを6ー1で破ったことにより「ダニッシュ・ダイナマイト」は世界に知れ渡ることとなった。その後、優勝候補であった西ドイツをも2ー0で破りグループリーグを首位で通過。デンマークの更なる活躍に期待されたが決勝トーナメント第1戦のスペイン戦にて敗退。ブトラゲーニョに4得点を許し5ー1で大会敗退となった。1988年6月14日に代表を引退。代表通算69試合38得点。 ヴェローナで4シーズンを過ごしたエルケーアは後に母国デンマークに戻りバイレBKにて2シーズンを過ごし現役を引退した。ダニッシュ・ダイナマイトの中核をなしたエルケーアは1984年は3位、85年は2位とそれぞれバロンドールの投票で高順位を獲得しているが、そのどちらも1位はプラティニに奪われている。バロンドールに選出される能力がありながら、神の領域にいたプラティニの前ではその存在も霞む他なかったのは残念な所である。 (01/03/15 Created)(03/08/07 Last updated)Presented by SHOW , collaboration is LEVEL-K football Island | ||||||||||||||||||