Giacinto FACCHETTI
ジャシント・ファケッティ | ||||||||||||||||||
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史上最高のレフトバックと称される元イタリア代表「鉄のキャプテン」。抜群のスタミナと80メートル8.9秒で駆け抜けるスピード、強靱な肉体能力に加え華々しいプレースタイル、サイドバックにありながら得点能力も兼備え数多くのゴールも記録している。 インテルの下部組織CSトレビリエーゼにて技術に磨きをかけたファケッティは名将エレニオ・エレラによって発掘され60/61シーズン終盤の5月21日ローマ戦にてセリエAデビュー、以後キャリアのすべて、いや、生涯のすべてをインテルに捧げる事となる。デビューシーズン3試合、翌シーズン16試合に出場と着実に経験を積み、62/63シーズンより不動のレフトバックとして君臨すると4度のスクデットに貢献、更に63/64シーズンからのチャンピオンズ・カップ2連覇など多くのタイトルに貢献し1965年にはバロンドール投票でエウゼビオに次ぐ2位に選出された。キャリアの終盤にはリベロとしてもプレーしセリエA通算475試合に出場、ディフェンダーとしては驚異的な59得点を記録すると同時にセリエAで1度の退場処分を受ける事はなかった。 イタリア代表としては1963年3月27日トルコ戦にてデビュー、その後キャプテンに指名されると1968年欧州選手権優勝、1970年ワールド杯では準優勝に大きく貢献している。イタリア代表として通算94試合に出場しキャプテンを務めた試合は当時歴代最多の70試合(その後マルディーニが更新)を記録。引退後は所属したインテルのフロントに入り長期に渡ってチームを支え2004年には会長にも就任、しかし、その後病気によって体調を崩し2006年9月、帰らぬ人となった。ファケッティの全盛期を知る人は今尚イタリア歴代最高のキャプテンとして彼の名を挙げ、その絶大なカリスマ性はマルディーニですら及ぶ事はないという。死去から数日後、現役時代インテルにて背負った背番号「3」が永久欠番となったのもうなずける所だろう。 (02/08/03 Created)(06/09/07 Last updated)Presented by SHOW football Island | ||||||||||||||||||