Roberto FALCAO

ロベルト・ファルカン

ロベルト・ファルカンのフォト
 フルネームパウロ・ロベルト・ファルカン
 国籍ブラジル
 生年月日1953年10月16日
 出身地アベラルド・ルズ
 ポジションMF
 身長・体重183cm・73kg
 個人タイトルなし
 ワールド杯1982年2次リーグ進出
1986年ベスト8
所属クラブ
1971-80インテルナシオナル
1980-85ローマ(イタリア)
1985-86サンパウロ

1982年W杯で世界を魅了したブラジル代表「黄金のカルテット」の1人がロベルト・ファルカンであり、卓越したテクニックと頭脳的ともいえる戦術眼により攻守において絶大な存在感を示した。

1963年、母国名門インテルナシオナル・ポルトアレグレに入団したロベルト・ファルカンは下部組織にて育成された後トップデビューを果たすと州選手権でしか優勝のなかったチームを3度の全国選手権制覇(1975、76、79年)に導き黄金期を支え、ファルカン自身も78年、79年と2年連続してリーグ最優秀選手に選出された。1980年よりイタリア名門ローマへ引き抜かれ1980年9月14日コモ戦にてセリエAデビュー、デビューシーズンから絶大な存在感でチームを牽引するとこのシーズンのコパ・イタリア優勝に貢献し82/83シーズンには27試合に出場、7得点を挙げ41/42シーズン以来となるスクデット獲得の原動力となって活躍した。翌シーズンより「黄金のカルテット」の1人であるトニーニョ・セレーゾがチームに加入、83/84シーズンのチャンピオンズ・カップではチームをファイナルにまで導いたが、大会史上初となるPK戦の末リバプールの前に敗れ、祈願達成はならなかった。同シーズンのコパ・イタリア優勝に貢献した後(ローマ通算107試合22得点)、1985年より母国へ戻り引退後は指導者への道を歩みブラジル代表監督、そして日本代表監督等を努めている。

ロベルト・ファルカンの代表デビューは1976年2月27日アルゼンチン戦。母国を担う逸材として脚光を浴びたが、時を同じくして現れた天才ジーコの影に隠れ1978年W杯ではジーコのサブとなる事を嫌い出場する事はなかった。しかしテレ・サンターナの元で構成された「黄金のカルテット」にて眩いばかりのエレガントなプレーで中盤に君臨、1982年W杯では思うような成績は残せずとも、見る者すべてが、そのプレーに酔いしれる程であった。

(01/03/15 Created)(03/11/25 Last updated)
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