Giuseppe FAVALLI
ジュゼッペ・ファバッリ | ||||||||||||||||||
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サイドバックとしては地味な存在ではあるが、安定感と冷静な判断力でラツィオでの地位を築いた。左足の技術も高く、左サイドバックとして質の高いプレーを見せるが、右サイドにおいてもそつなくプレー出来る元イタリア代表。 セリエBクレモネーゼにてキャリアをスタートさせたジュゼッペ・ファバッリは88/89シーズンにトップデビュー、A昇格を果たした翌シーズン1989年8月27日インテル戦にてセリエAデビューを飾る。デビューシーズンこそB降格の不運を経験するも1年でのA復帰に貢献し92/93シーズンよりラツィオへ引き抜かれた。ここでも不動の地位を確立、長い間タイトルに恵まれる事はなかったが97/98シーズンにコパ・イタリアを制しファバッリ自身にとって初タイトルを獲得、翌シーズンにはクラブにとって初の欧州カップ(カップ・ウィナーズ・カップ)も制する。迎えた99/00シーズンには73/74シーズン以来となるスクデット、更にコパ・イタリアとの2冠達成を果たす事に貢献している。その後はキャプテンとしてチームを牽引し03/04シーズン、3月28日ペルージャ戦において70年代に活躍したラツィオスター選手ピノ・ウィルソンの持つクラブ最多出場記録394試合の記録を更新、更にこのシーズン、自身にとって3度目のコパ・イタリアを制し、12年間におよぶラツィオでのキャリアに終止符を打った。新たに選んだ活躍の場は不振に苦しむインテル。盟友マンチーニ監督の元、ここでもいぶし銀のプレーでチームに貢献しクラブにとって久しぶりのタイトル(コパ・イタリア)に貢献、翌年にも同大会を制し、この大会を3年連続で獲得した事になる。尚05/06シーズン第18節シエナ戦においてセリエA通算400試合達成。シーズン終了後、契約満了に伴いミランへの加入が決定している。 Uー18イタリア代表として活躍した後、1989年にUー21代表デビュー、1992年に開催されたUー21欧州選手権では優勝の原動力となり同年バルセロナ五輪でも主力として活躍した。1994年W杯後の10月8日エストニア戦にてフル代表デビューを飾り以後代表常連になるかと思われたが、その後は出場機会に恵まれず、1998年の代表2キャップ目を刻むまでに4年もの歳月を費やす。残念ながらその後再び代表に呼ばれる事はなくW杯や欧州選手権の大きな舞台とは縁がなかったが、クラブレベルでの安定したプレーは、その後代表監督となるトラパットーニの目にとまり2004年3月のポルトガル戦にて代表復帰、ここで見せた安定した力が認められ2004年欧州選手権メンバーにも選出された。代表通算9試合0得点。 (04/06/04 Created)(06/05/18 Last updated)Presented by SHOW football Island | ||||||||||||||||||