Stefano FIORE

ステファノ・フィオーレ

ステファノ・フィオーレのフォト
 フルネームステファノ・フィオーレ
 国籍イタリア
 生年月日1975年4月17日
 出身地コゼンツァ
 ポジションMF
 身長・体重181cm・75kg
 個人タイトルなし
 ワールド杯なし
所属クラブ
1992-94コゼンツァ
1994-95パルマ
1995-96パドヴァ
1996-97キエーヴォ
1997-99パルマ
1999-01ウディネーゼ
2001-04ラツィオ
2004-05バレンシア(スペイン)
2005-06フィオレンティーナ
2006-07トリノ
2006-07リヴォルノ
2007-マントヴァ

洗練された技術と戦術眼に優れた元イタリア代表MF。中盤ならどこでもプレー出来るオールラウンダーでもあり、攻守にバランスのとれた貴重なプレーヤーである。

サッカー選手であった父の影響からサッカーを始めたステファノ・フィオーレは、その後コゼンツァの下部組織に入団、93/94シーズンにセリエBにてプロデビューを果たし翌シーズンに加入したパルマにて1994年12月11日のジェノア戦でセリエAデビューを果たした。96/97シーズンに在籍したキエーヴォにて当時のマレザーニに能力を高く評価されレギュラーとして活躍、数年前にB昇格したばかりのチームを6位に躍進させた。97/98シーズンよりパルマへ復帰、98/99シーズンにはUEFAカップ、コパ・イタリアの2冠に貢献したが、このシーズン得点王となったアモローゾとのトレードにてウディネーゼへ移る事となった。

ウディネーゼでも素晴らしい存在感を示すフィオーレは2000年2月23日スウェーデン戦においてイタリア代表デビューも果たし、同年に開催された欧州選手権でも全試合に出場、準優勝に終わったがフィオーレの魅せたパフォーマンスは賞賛に値するものであった。その後トラパットーニ監督が指揮官となってからも代表の常連となり、ワールド杯欧州予選でも6試合に出場し本大会出場権獲得に貢献する。しかし、2001年に移籍したラツィオにて調子を落としてしまい2001年11月の日本戦を最後に代表から遠のき、翌年のワールド杯もメンバーに選出されなかったのは残念であった。迎えた02/03シーズン、ラツィオはマンチーニ監督を迎えると再びその能力を発揮、財政危機のためクレスポ、ネスタといったスター選手を手放し低迷が予想されたチームにあって抜群の存在感を見せ昨季の汚名を返上、この活躍から再び代表復帰を果たし2004年欧州選手権ではメンバーにも選出され全3試合に出場した。

03/04シーズン終了後、クラブの抱える財政難によりスペインのバレンシアへ移籍した際は本領を発揮する事が出来ず代表からも離れ、夢であったワールド杯出場の夢も絶たれたが、セリエA復帰後のフィオレンティーナで見せたパフォーマンスは賞賛に値するものであり、改めて能力の高さは証明している。

(01/03/15 Created)(08/03/02 Last updated)
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